騙りし者たち

 女神は地に倒れ伏し、顔だけ彼女に向けているアルティナの事を睨むのを止めると、打ってかわって朗らかな表情を浮かべ、優しくも威厳のある声で俺へと感謝を述べる。


「カテラ・フェンドル……貴方は私の予想を超える働きをしてくれました。当初は人間か魔族、どちらかを犠牲にしてでもアルティナを討つ想定でしたが、見事両者を歩み寄らせてここまで追い込ませるとは感服しました」

「い、いえ……」


 俺は目の前の神格が発する雰囲気に気圧されていた。ただ喋っているだけなのに、えもいわれぬ圧を確かに感じる。踏ん張っていなければ圧倒され、頭を垂れてしまいそうになるそれは、彼女が人を超えた存在であることをありありと物語っていた。俺はその圧にどうにか耐えながら、女神に説明を求めた。


「あの……女神様。貴女とアルティナの間に何が有ったのですか?」

「全て話すには余りにも時間が必要な為、要点だけをお話しましょう。まず四百年前、私は人間の生活を豊かにするために魔法を使う許可を彼女に与えました。そして彼女を筆頭にして、魔法を使える種族として魔族がこの世に誕生します。人間と魔族は両者を尊重しながら栄えて行きました。その際、人間側に魔法を伝えたアルティナは魔法使いの始祖と呼ばれるようになりました」


「それから五十年ほどたったある日、アルティナは姿を眩ましたのです。私は仕方なく、魔族を率いる素質の有るものに魔王という肩書きと、長く統治が出来るように老いて死ぬことの無い加護を与えたのです。まさか、その加護を持たない彼女が今の今まで生き永らえているとは思いませんでしたが」


 女神はそこで言葉を切ると、依然として床に這いつくばっているアルティナに視線を向ける。当の彼女は血の噴き出している右腿を押さえながらも勝ち誇ったような顔で言い放つ。


「何故……?ふふ、ふふふふ!魔法の根源を解明せずに老いさらばえて死ぬなぞもっての他だ!女神……貴様が魔族どもに変身魔法を行使することで寿命を伸ばした様に、私自身に魔法をかけ続ける事で全盛期の肉体を維持していたのだよ!」


 その言葉を聞き、俺は畏怖していた。変身魔法が姿を変えるだけではなく、『老いない』という性質を付与できる事を知ったからではない。通常、魔法は術者の意識が途絶えればそこで解除される。そのため、俺の王冠は俺が意識を失うと液状化してしまうのだ。つまり、彼女は『魔法を極める』というただ一つの目標を遂げる為に、この数百年睡眠を取らなかった。それは狂気と呼ぶには十分な程常軌から逸脱していた。


「とある動物がするように、脳を半分ずつ眠らせて意識を絶やさずに探求を続けてきた。全ては魔法の極致を手にする為に!!カテラ・フェンドル……貴様には私の気持ちが分かるだろう!?私と同等…否、それ以上の魔力を持ちながらも魔法が使えないが為に魔法に焦がれ、数多くの夜を眠れぬまま明かした貴様にも、『魔法を極める』という野望があったのでは無いか!?」

「……」


 俺は彼女の言葉を受け、黙って今までの事を振り返っていた。幼少の頃の夢、『偉大な魔法使いになる』という目標に向かって一心不乱に進んでいた俺は、彼女の言う通り魔法を極めるために睡眠時間を削ってまで文献を読み漁った。それでも尚魔法を使役出来ないことに焦り、何度も諦めかけたこともあるが、もしこれを使えたらと思うと諦めるに諦めきれなかった。彼女の言う通り、俺は彼女に共感できる部分はある。


「魔法を極めるという目標はあった。使えなかった反動からかもしれないが人一倍その目標への執念もあった。なまじ強大な魔力を持っていることもそれに拍車をかけていたしな」


 俺達二人のやり取りを目を伏せて聞く女神。彼女は話の流れから俺とアルティナが手を組むと考えているのだろう。実際、アルティナは地に伏せたまま俺を誘い始めた。


「そうだろう!?貴様と私は似たもの同士なのだ!あと少し手を伸ばせば天上に手が届く!今からでも遅くない!私と手を組んで――」

「確かに目標は同じだが、少なくとも俺は人を殺し、戦争を起こしてまでそれを達成したいとは思わない。俺とお前が似たもの同士?ふざけるのも大概にしろ!」


 俺がその馬鹿げた提案を一蹴するとアルティナは下を向き押し黙る。代わりに女神が安心した表情で続きを話し始めた。


「少し話が逸れましたが続きを。老いて死ぬことの無い加護――お気付きだと思いますがこれは勇者へ与えた加護の前身です。今から百年前、私は魔王を騙る者が暴虐を尽くしたことから、それを止める存在が必要だと判断し、勇者と言う存在を五十年前に初めて創造しましたが、その時には『魔王によって殺されない限り死なない』という性質を持ってないかった為彼女はアルティナによって殺されてしまいました。私は何故彼女が志半ばで倒れてしまったのかを考え、今代の勇者に『魔王に殺されない限り老衰によっても死なない』という性質を持たせて作り上げます」


「彼女は剣を取る前に手を取り合おうとしたから殺された。その為話し合いをせず、自身の願いを叶える為に剣を振り続ける事ができる体と、我欲にまみれた心を持った勇者が出来上がったのです。正直なところを申し上げますと彼の存在は賭けでした。アルティナが『魔法を追求する』という知識欲を暴走させて暴虐を尽くした様に、彼もその我欲を抑えきれずにどこまでも強欲になってしまう可能性を秘めていました。そこで私は二の矢として貴方を創り上げたのです」


 女神は掌を上に向けた左手で俺の事を指し示し、さらに語り続ける。


「貴方には謝らなければなりません。私の都合で『自身以外には使えない』という歪な性質を持つ魔力を持たせてしまったことについてです。元々、戴冠式の際は先代魔王、レリフ・ダウィーネと同じく私の元に来て頂き、そこで貴方の特徴的な魔力を矯正する力をお渡しする筈でした。ですが、アルティナが貴方を騙し、今までお渡しする機会が無かったのです。それを今、お渡ししましょう」


 彼女は左手から掌大の光の球を作り出し、俺に向けてそれを押し出した。光球は音もなく進み、俺の胸へと消えて行く。その全てが吸い込まれた瞬間、力が滾ってくるのを感じた。試しに十年間恋い焦がれたあの魔法を唱えると、それは見事に発動した。


 白く揺らめく光が俺の右手からゆっくりと出てきては白で支配された周囲をさらに明るく照らす。紛うことなき『灯火の魔法』だった。やっと、俺は全ての魔法が使えるようになった。感慨に浸っていると、背後から聞こえた狂気に塗れた声が俺を振り返らせた。


「今のを聞いただろう!?お前が長年苛まれていた苦しみは、全てその女神が仕組んだ物だ!それでもお前は―――」

「黙れ」


 俺は彼女の聞きたくない言葉を遮り、その頭を左手で掴む。そして、解呪ディスペルを発動させようとした。魔力の性質が変わったのだ、今まで出来ていた事が出来なくなっているかも知れない。結果は喜ばしい事に、以前と変わらず発動することができた。


 俺に掴まれ、強引に上に向けられたアルティナの顔は見る見る内に老化が進む。張りのある肌には深い皺と染みが刻まれ、目は弛んで行く。今まで取っていなかった年を一気に取った反動で見るも無惨な姿になっていた。だが、彼女はまだ生きているようで、ひび割れた紫色の唇を無造作に動かし何か言おうとしていたがその内容は分からなかった。


 掴んでいた左手を放すと彼女は力なく倒れ、動かなくなる。微かな息遣いが聞こえてくるまでは当の俺ですら殺してしまったと誤解するほどに、彼女は無力な存在になっていた。それを見て、女神は俺の背後から声をかける。


「ここから先は私が。彼女を生み出してしまった責任を取るために、どうか彼女の人生に幕を下ろさせて下さい」

「分かりました。俺はもう戻ります。仲間を待たせているので」


 俺はそう答えると、元居た場所に戻るために転移魔法の陣を頭に思い浮かべる。すると、二三歩ほど先にイメージ通りの陣が形成され、ゆらゆらと金色の光を放っていた。それに足を踏み入れると視界が光に包まれると共に女神が放った一言が聞こえてきた。


「どうか、貴方は力に飲み込まれない事を祈っています」


 気がつくと、俺は魔王城の王座の前に立っていた。すっかり日が落ちてしまったため、大広間は暗く視界が悪い。魔法で明かりを灯すと、目の前には気を揉んでいたであろうレリフが王座に座っており、突然俺が転移してきた事に驚いていた。


「戻ってきたか!心配したぞ……それで、どうじゃった?」

「全てに決着を着けてきた。勇者サラを殺した犯人はもうこの世に居ない。そして俺も与えられるべき力を貰って帰ってきた」


 そこまで聞いてから気付いたのか、彼女は俺の傍に浮かぶ明かりを見て、自身に起きた事かのように喜んだ。


「そうか……やっとお主も胸を張って『魔法が使える』と言える様になったな……我は嬉しいぞ……」

「な、何も泣くことは無いだろう……ほら、色々と説明したいこともあるんだ。泣くならあとにしてくれないか……?」

「そ、そうじゃな……とりあえずみなの所に戻ろうではないか」


 目尻に溜まった涙を拭い、横をすり抜けて広間を出ようとするレリフ。俺は彼女の後を追わず、暫し考え込んでいた。


 女神に創られ、強大な魔力を持ち、それぞれ本来とは別の存在魔王・女神であると騙った俺とアルティナ。これほどまで似ているのに、何故彼女はあのような結末を迎えたのか。それは多分、立場を理解してくれる仲間がいなかったからだろう。彼女は原初だった。孤高だった。だからこそ、あんなにまで歪んでしまったのだ。俺も道を違えていればああなっていたのかと思うと身の毛がよだつ。


「どうした?早く行かぬのか?」


 だが、俺には道を正してくれる先達がいる。辛いときに寄り添ってくれる仲間達がいる。彼女達が傍に居る限り、俺はこれからも道を違えることは無いだろう。


「……そうだな。料理も冷めてしまうだろうし、早く行こうか」


 扉の前で待つレリフへ返事を返すと彼女の元へと歩みを進める。そして、今か今かと待ち続ける仲間達の元へと戻るため大扉を両手で押し開けた。


 ――――――――


 こうして、騙りし者たちの内一人の道は途切れ、その結末は後世に語られる事は無くなった。だが、もう一人の成し遂げた偉業は長く語り継がれる事になる――

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