終章 手を取り合って
束の間の平和
勇者による凶行は百人を超えるかと思われる程の怪我人を出したが、レリフの回復魔法で死者は0人という結果に終わった。怪我人の対応にひと段落着くと、国王はレリフの事を褒めちぎっていた。当の本人は実に退屈そうにそれを受けていたが。ともかく、魔界に残っている仲間たちに戦争が終わったことを告げる為に一度魔界に戻ることを国王に伝え、人間の姿に戻った俺はレリフを担いで
数分もかからずに、穀物が織りなす金色の絨毯に囲まれた赤レンガで出来た壁の前に到着すると、見知った門番の二人が機敏な所作で敬礼した。サボっていないか確認しに来たと思われているのだろうか。甲冑のバイザーを上げていたグレイは敬礼したまま、やや緊張した面持ちで忙しなく俺とレリフの顔を交互に見ていた。対してガロアはその鋭い視線で真っ直ぐと俺を見つめていた。俺はそんな二人に良い知らせを伝える。
「あー、二人とも楽にしてくれ。別にサボっていないか確認に来た訳じゃないからな。いい知らせを持ってきた。たった今起きたばかりの、魔界で知っているのは君達二人だけの事実だ」
その言葉を受け、右手を下げた二人からはその内容が何なのか気になるという視線を受ける。二人の表情が何故か可笑しくて、俺は直接『人間界との戦争は休戦になった』と直接伝えず、敢えて濁した表現で伝えてみた。
「グレイ、近々人間界に旅行が出来るようになるかもしれん」
「魔王様、それってどういう……」
「ガロア、その傷を付けた勇者が望んでいた事が実現したぞ」
「承知……」
人間のそれと変わらない指で、左目についた刀傷を撫でる彼の表情は安堵したような物だった。グレイはというと、未だにピンと来ていない様で首を傾げていた。しばらく考えても要領を得ないのか、彼は疑問を口にしようとしたがレリフの催促でそれは叶わなかった。
「おちょくるのもそれくらいにせい。我らが伝えるべき相手はまだまだいるじゃろ?さっさと行かんとまたリィンに無茶な要求を突きつけられるぞ」
「あー……それは困るな。そういう訳だ。分からないならガロアに聞いてくれ」
そう言い残し、門をくぐり大通りへと入る。そんな中、レリフが休戦した理由について聞いてきた。
「にしても、何故終戦ではなく休戦なのじゃ?この機に終わらせた方が良いとおもうのじゃが」
「複数理由はあるが、一番の理由は黒幕を一早く俺の前に引きずり出す為だ」
休戦に持ち込んだ理由。それは百年前に戦争を起こし、一度は実現しかけた平和を五十年前の勇者を殺すことで無へ返した張本人を釣る為。どうにも世界が平和になるとそいつにとって不都合らしい。それか、ただ単に平和を好んでいないのか。どちらにしても行方知れずとなった勇者よりかは休戦協定を結ぶ前に俺を殺す為、目の前に現れるだろうと踏んで戦争を休戦へと持ち込んだのだ。
それに、終戦にした場合は魔王と戦う意味が無くなる為、最悪の場合勇者の捜索が打ち切られる可能性がある。仲間の事を鑑みずに我欲だけで行動した報いは受けて貰う。あの時、リィンの助けが無ければ俺は今頃追手に怯えながら寝れない夜を過ごしていたのかもしれない。そう思うと奴にも同じ思いをさせるというのが道理だろう。
「ふむ。結局あの後サラを殺した犯人が歴代魔王の誰か調べる余裕なぞ無かったしの。向こうにお越し頂くという訳か」
「そういうことだ。やっと人間と魔族の両者が手を取り合う段階まで来たんだ。邪魔されたら敵わんしな」
そこまで言うと、背後から「よっしゃぁあーー!!」とグレイの叫びが聞こえた。ガロアに戦争が終わったことを聞いたのだろう。その声を背中に受け、俺たちは引き続き仲間の待つニールの家へと歩みを進めた。
――――――――
庭の手入れをしていた使用人に連れられ、仲間達の待つ貴賓室へと通される。ドアを開けると、帰りを待っていた彼女達の視線は一斉に俺へと向けられる。そして間髪入れずに抱きついてくるリィンを受け止め、無事に帰ってきた事を告げた。
「ただいま、皆」
「お兄さん……怪我してないですよね?また死にかけたりしてませんよね!?」
「危うい場面もあったが傷一つおっておらんよ。間近で観戦していた我が言うんじゃ。間違いなかろう」
「魔王さまがそう言うのであれば信じます。それで、お兄さんが帰ってきたということは……」
期待に満ちた眼差しで俺を見つめる彼女達に戦争が終わったことを告げると、それぞれ違う反応で喜んでいた。
「カテラならやると思ったぜ!今夜は祝宴だな!腕によりをかけて作ってやるよ!」
俺の背中を叩きながら豪快に笑うドラゴ。
「人間界にもいつか行ける日が来たら良いと思っていたのですが、こうも早く実現しそうになるとは思いませんでしたわ……あら、どうされました?ケルベロスさん」
「やったーー!!」
嬉しさの余り今にも駆け出しそうになるケルベロスとそれをどうにか止めるルウシア。
「喜ばしい限りですね。販路を拡大出来れば尚良いのですが……」
嬉しそうに狐の尻尾を左右に振りながらも商売の事を考え始めるニール。
そして、未だに俺に抱きついたままのリィンは今さら恥ずかしくなったのか赤面しながら離れ、「やっと、終わったんですね……」と呟いた。そんな彼女に転移魔法を使ってほしい旨を伝える。
「リィン、早速で悪いが一度魔王城へと戻りたい。今すぐ転移出来るか?」
「任せて下さい!パパッと飛ばしますよー!」
こうして一番最初に魔方陣へと飛び込み、魔王城に戻った俺を待っていたのはかつての仲間達だった。アリシアの転移魔法で飛んできたのだろう。勇者に同道していた三人は誰もいない魔王城、その大広間にて俺の事を待っていた。
「あ、先輩が帰ってきましたよ」
「ようカテラ。色々あったがアレだ、お疲れ様!」
「あ……カテラ、その、色々と言いたいことが有るんだけど……」
言いにくい事なのか、目線を泳がせながら迷っている彼女からはついにその言葉を聞けなかった。俺の背後に展開されている魔方陣から次々とレリフやリィンが転移してきたからである。
当然、事前に顔を会わせていたレリフ以外の全員は突如として現れた双方が誰なのか俺を問い詰めてきた。どうにか落ち着かせ、互いに自己紹介させると気の合うもの同士で固まった。
「人間界にも中々強そうなヤツがいるじゃねェか。手合わせ願おうか?」
「上等!オレ以外にも男勝りな奴が居るとはな!今から行こうじゃねぇか」
ロズとドラゴは試合をしに外へと繰り出した。
「あの時は色々と切羽詰まった状態でしたのでゆっくりと話せませんでしたが、今なら時間もたっぷりあります。一つ、魔法についての見解をお伺いしたいのですが……」
「我か?構わぬぞ。何、そう畏まらなくても良い。落ち着いて話の出来る所……そうじゃな、テラスへ行こうでは無いか」
エルトとレリフは魔法についての談義をしに出て行く。
アリシアとリィンはというと、互いに笑みを浮かべて向かい合っていたが、その間には尋常じゃない雰囲気が漂っていた。一触即発という言葉が脳裏に浮かぶその光景をなんとか中断させるために俺はある提案をアリシアにした。
「アリシア、俺が別れてからどんな事があったのか聞かせてくれないか?個人的に気になるんだが……」
「ん?いいよ。この『拾った日記』の事も話しておきたいし」
「そ、それは……!!」
彼女がにこやかに差し出してきた日記は、間違いなく俺が残した日記だった。それも、目の前の彼女について書かれた部分がつらつらと綴られた物だ。俺は慌てて確認する。
「アリシア、それ読んで無いよな!?」
「……ゴメンね?」
「……あんなに読むなって言ったのに……」
「それってもしかしてお兄さんの日記ですか?良かったら読ませて貰っても?」
「止めてくれ……!」
「いいよー。減るものでも無いし」
「俺の心が猛烈にすり減るんだが!?」
俺の心を犠牲にしながらも、どうやら彼女達は仲良くなったようで、それからは先程の雰囲気が嘘のように意気投合した。そして俺もルウシアやニールと話していると、あっという間に日が落ち、祝勝会の時間となった。
「それでは…乾杯!」
『かんぱーい!!』
それぞれが仲良くなったもの同士で固まり、談笑しながら大皿にのった料理を食べ、酒を嗜んでいた。そこには人と魔族の境界は無い。いつか、この風景が当たり前な世界が訪れれば良いのだが。感傷に浸りながら彼女達を眺めていると、俺はある事に気付いた。
エルトに勧められ、レリフは景気良く注がれたワインを何杯も空にして行く。俺が『今後一切、酒を飲むことを禁ずる』と命令したにも関わらずにだ。ともかく、そのまま放置していては先日の通り地獄絵図になることは確実だった為、半ば叫ぶようにしてアリシアへと声を掛けた。
「エルト!今すぐレリフに酒を飲ませるのを止めろ!アリシア!彼女に回復魔法を全力でかけてくれ!」
その言葉に、惨状を知る者は顔を青くして何も知らないアリシアに頼み込む。当の彼女は事態を飲み込めないまま回復魔法を行使した。レリフの赤ら顔はみるみるうちにいつもの顔へと戻ってゆく。その一部始終を見ていた事情を知る者達は胸を撫で下ろし安堵していたが、俺だけは胸のざわめきを抑えることが出来なかった。
中座すると彼女達に伝え、明かりの無い大広間へ辿り着くと王座へ腰を下ろし、考え込むために目を閉じた。内容は先程のレリフへの命令が効いていない事についてだ。
考えられる可能性は二つ。今までは確かに効果を発揮していたがある時から効力が消えた。もしくは、最初から効力を持っていなかったか。今となってはどちらか確かめる術は無い為、今までの事を振り返る。
俺が命令を出したのはレリフにだけで、出した回数も二回と少ない。とても有意な値では無いことだけが分かった。憶測にはなるが、半ば混乱した頭にはこれしか考えられない。
もしレリフが酒を飲まなかったのが命令の効力ではなく『俺に言われたから従った』だけだとしたら。彼女の性格から察するに、考えられない事では無いだろう。
つまり、俺は魔王の力なんて大層な物を与えられなかったのではないだろうか。
それが俺の出した答えだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます