奴の人生と、戦争の終わり

『勇者は魔王を前にして逃げ出した』

 置かれた立場故に魔王からは逃げられない勇者としては一番してはいけない行動。


 魔王に扮した俺が放った言葉で王城の大広間は混乱に陥った。特に顕著だったのは当の本人と、彼を送り出した国王だった。


「……勇者ヒスト。魔王が申していたことは本当か?」

「い、いえ!真っ赤な嘘です!アリシア達もその場におりました!彼女達もそう申して――」


 青筋を立て、怒りを露にする国王の怒りを鎮めようとする勇者。彼はかつての仲間に助け船を出して貰おうとしたが、その願いが届くことは無かった。


「いえ、彼は私たちを置いて魔王の前から逃げ出しました。そこに単独行動していた先輩が合流していなければ、私たちは今ここにはいないでしょう」

「エルト!?何を言ってるんだ!?俺は魔王に一人で立ち向かったじゃないか!?それを――」

「もうよい!事情は良く分かった!そもそも先日魔王の手下に負かされた貴様が出発してから数時間で魔王を討伐したなぞ信じられる話では無いわ!」


 その言葉を聞いて俺は計画が上手くいったことを実感し、心のなかで安堵していた。計画の内容はこうだった。


 事前に数回、奴を負かしては治療の必要な状態にして民衆にその実力を疑わせる。奴が魔王城に来たら俺が奴に傷を付けないように気を付けながら実力で説得して勇者を一人戻らせ、その間にアリシア達に事情を説明すると共に『今しがたまで激闘を繰り広げていた』様な状態にレリフの変身魔法で姿を変える。


 こうすることで奴が『魔王から一人、仲間を置いて逃げ出した』という状況を作り出す。丁度昨日、奴が教会で治療を受けている事が噂で流れたのだろう。そのお陰で想定よりもスムーズに行った。ともかく、その報告を聴いた国王は先程よりも声を荒げ、勇者を叱責した。


「勇者という名誉有る称号を女神様から賜ったにも関わらず、あろうことか守るべき仲間を置いて逃げ出し、挙げ句の果ては嘘を吐いてまで手柄を独占しようとはな!勇者どころか人としても見損なったぞ!極刑は免れないと思え!者共!」


 国王は右手を振り払い、俺を包囲している兵士達に命令を飛ばす。四人の兵士が槍を置いて勇者の身柄を拘束し、残りの者は俺にしたように槍を構えて奴が暴れないように牽制していた。奴の背中を見た国王は呆れと怒りが混じった口調で吐き捨てた。


「先日負けた相手以上の者に仲間を巻き込んで強引に戦いを挑むなど、蛮勇どころか無謀としか言い様が無いわ!その所業、牢獄にて反省するがよい!」


 だが、奴もそう易々と連行されるはずもなく、神から与えられた人を超えた力を振るっては壮絶な抵抗をし、逃走を図る。


「どけ……どけ!!どけぇ!!!俺は勇者だぞ!!触れるな!クソが!!」


 後ろ手に組まされた腕を振り払い、直接抑えていた四人を宙へと放り投げると、腰に下げていた剣を抜き放っては周囲につき出されていた槍の穂先を切り落とし、ついでの様にそれを持っていた兵士すら躊躇なく切り付けた。それに動揺し包囲が崩れた所を目敏く見つけた奴はそこから大広間を飛び出した。


 開けたままの扉からは、廊下に控えていたらしい者の悲鳴が次々と上がり、それは徐々に遠ざかっていった。


 次々と血を流し、倒れてゆく人々。それはまるで、蛮族にでも襲われたかのような有り様だった。蛮勇と称され、魔王から逃げ出しその勇気を否定された勇なる者は、まさに蛮なる者と呼ぶに相応しい行為を最後に残してその姿を消した。


 アリシアを筆頭にした回復魔法を扱える者達が怪我人を治療している間、未だに魔王の姿を取っていた俺は国王に向けて、今後のことについてある相談を投げ掛ける。


『アキレウス王よ。我に一つ提案があるのだが。此度の戦に関する、な』

「ふん。未だに命があるとはいえ、貴様はれっきとした敗者なのだぞ?どんな魅力的な提案をされたとしても儂がそれを飲む道理は無い」

『敗者……か。我が封印ごときで完全にその力を失うとでも思ったのか?先に見せた通り、我が眷属を召喚及び命令する余力は残っている。そして、我を完全に滅する事が出来る者は先程行方を眩ませた。この意味を解さない程耄碌はしていないだろう?』


 その言葉を聞き、国王の目は見開かれる。


「つまり、未だ戦争は終わっていない所か儂らは貴様に対する決定打を失った……ということか?」

『左様。勇者と呼ばれた者があの様子ではもう貴様達に歯向かう術は残っていないだろう。それでも、我の提案を聞く気が無いとでも?』

「ぐ……、どのような提案だ?申してみよ……」

『……貴様らがとある条件を飲めばこの戦争を全般的に休戦しようと考えている。どうだ?』


 国王はひとしきり考え、いつの間にか横に控えていた大臣と小声で何やら話した後に俺に回答を寄越してきた。


「……その条件とは?土地か?それとも儂の命か?」

『土地、そう……土地だ。別に貴様らの土地なぞ要らぬ。魔界は人間界とほぼ同等の領土を誇っている故。我が要求するのは魔界の管理をこの器に一任するという事だ』

「つまり、カテラ・フェンドルを名実共に魔王とする、という理解でいいのか……?」

『左様。たった一人、其も先程まで陰を歩むしか無かった者を我に寄越せば人間界の平和を約束しよう。実に魅力的な取引ではないか?』


 国王は再び大臣と会話を交わすと答えを出した。


「その申し出、受け入れようではないか。ただ、その前にカテラ殿と話がしたい。魔王殿、替わってはくれまいか?」

『承知した。我は其の回答を嬉しく思うぞ。次は条約締結の場で相まみえる事を祈っているぞ』


 俺は変身魔法を解き、人間の姿に戻ると大体の事情を把握していることを告げる。


「陛下。先程のお話は全て聞いておりました。その上で私に何かおっしゃられるのでしょうか?」

「許してくれ、カテラ殿。事情を知らず、そなたを罪人として扱ってしまった事。そして魔王との取引に応じてしまった事。真に称えられるべきなのはそなたであるはずなのに、魔界に身を置かせてしまうなど……」

「いいのです。アキレウス陛下。私の独断は傍から見れば罰せられて当然の物である上、魔王との取引は私と魔王が心の中で話し合って決めた事なのです。ですから、お心を痛ませないで下さい」


 俺がはにかみながらそう言うと、国王は申し訳なさと心配をない交ぜにしたような表情のまま押し黙る。しばしの沈黙を破ったのは怪我人の治療に当たっていた魔術師の報告だった。


「陛下!ご報告です!どうしても人手が足らず、至急増援をお願いしたい次第であります!」


 その声に、俺は姿を魔王へと変えて答え、魔界からの増援を送ることを約束した。


『ほう?先に見た限りでは十数人はいたはずだが……。ふ、人間界の魔法使いは軟弱だな。どれ、増援を寄越そうではないか。数分で戻る。少し待っていろ』


 好戦形態アグレッシブの出力を全開にし、常人では姿さえ見えないだろうスピードで駆けだした。王城を駆け抜け、外へと飛び出る。その最中、廊下で治療にあたっている魔法使いとすれ違うが彼の腕前では手遅れなのは目に見えていた。ともかく、斬りつけられて倒れた人は王城だけではなく王都の大通りにも何十人という規模で居た。なるほど、腕前と人数からして手に負えない訳だ。さっさと魔王城まで辿り着きレリフをここまで連れて来なければ。


 王都から出ると、俺はそのまま北上を続け、一分もしない内に魔界に通じる魔法陣へとたどり着く。好戦形態アグレッシブを全力で使えば半日かかる距離でも僅か数分で往復することは十分可能だ。ともかく、魔法陣での転移を終えた俺はそのまま魔王城の王座へと突き進み、そこで頬杖をついて退屈そうに座っていたレリフに事情を話す。その王座に備え付けられた水晶玉は勇者の周りしか映し出せない為、増援が必要な事を彼女は知らない。


「全く、人使いが荒い魔王さまじゃ。善は急げじゃ、早う行くぞ」


 森人エルフの森から戻った時のように、ボヤく彼女を背負っては全力で人間界への道を戻る。王都に戻るまでの時間は5分ほどと言ったところか。その入り口に立ち、レリフを下すと勇者の凶行で混乱に陥っていた市民は俺の姿を見て更に混乱した。それもそのはず、変身魔法を解除し忘れた為、傍から見れば恐ろしい魔王が襲撃に来たという構図になっていた。恐怖に陥った民衆は一目散に俺から離れていった。そして残されたのは、血だまりを作って倒れている怪我人だけになった。


 レリフは彼らの行動を無視して短い詠唱を二三回繰り返すと、彼女を中心として半径15mほどの光の帯が展開された。高位の回復魔法、回復の砦だ。範囲内に居る者を癒すという物だ。並みの魔法使いならば両手を広げた程度の半径の物を数分持たせるのが限界だろうが、彼女ともなればこの程度の規模であれば優に半日は持たせられるだろう。俺は彼女の術が展開された事を確認すると真っすぐ、王城へと向けて歩き出した。俺の横について歩くレリフと共に砦も一緒に動き、怪我人を包んでゆく。


 その場に転がり、脇腹を抑えて呻いていた者。俺から逃げようと怪我した足を引きずって歩く者。自身も怪我しているにも関わらず、動かない怪我人の肩を担いで逃げようとする者。その全てが光に包まれ、次の瞬間には何事も無かったかのようにその顔から苦悶の表情が消える。そして先ほどまで怪我していた所をさすり、治っていることを確認しては恐る恐るこちらに近寄ってくる。


「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

「勇者様が走ってきたと思ったら突然切りつけられて……そして魔王?様?とにかく貴方達が現れ……もう何が何だか分かりません……」


 怪我人だった者たちに感謝されているレリフは不敵な笑みを浮かべ、ただ一言だけ言った。


「ただ一つだけ言えることがある。我らはそなたたちの味方じゃよ」





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