証明

 ――時は一時間前、勇者が人間界に転移した直後にまで遡る。


 勇者を送り届けたアリシアは、目の前の魔方陣が消えるとため息を一つ吐いては後ろに居た俺へと振り返る。そして悲しげな顔をしながら問いかけた。


「カテラ……あのさ。魔王になんてなってないよね?あんなおぞましい姿になんてならないよね?」


 彼女は王座に腰かける、おぞましい魔王の屍を力なく指して、『嘘であってほしい』と俺にすがる。俺はそんな彼女に向けて説明を始めた。


「……半分嘘で、半分本当だ。レリフ!もう良いぞ!変身魔法を解いてくれ!」


 その声を受けて、魔王の屍へと姿を変えていたレリフは本来の、白いドレスを纏った少女へと戻る。その光景を目の当たりにした三人は目を白黒させ、ロズに至っては空いた口が塞がらないようだった。俺はレリフに自身の名を名乗る様に促す。


「レリフ。知ってると思うが勇者一行のアリシア、ロズ、エルトだ」

「水晶で見ておったから当然知っておるわ。と、自己紹介が遅れたの。第13代目魔王、レリフ・ダウィーネじゃ。よろしくの」


 レリフはそう言うと三人と握手をする。何が何だか分からないといった彼女たちはされるがままに次々と握手に応じるが、最後ともなれば状況の整理が付いたようで、エルトは握手を終えると詳しい説明を求めてきた。


「先輩、大体の事情は把握しました。念のため、先輩の口からも話してもらっていいですか?」

「ああ、元からそのつもりだ。さて、どこから話すかな――」


 追放されてから魔界に招待されたこと。そして魔王になったこと。人魔戦争はレリフが企てた物ではないこと。それどころか両者の友好的な歩み寄りを良く思わない者が居ること。


 今までの事を掻い摘まんで話すと、どうにか彼女たちの理解を得られたらしい。ロズは眉間に皺を寄せ、アリシアとエルトは快活な顔で返事を返しては未だに理解をしていないロズに補足の説明をする。


 それを受けて「なるほど!」とあぐらをかいていた膝を打つロズを見て、俺は苦笑いしつつも説明を続ける。


「さて、今までの事についての説明は以上だ。次に、これからの事について話す。皆に協力してほしい事があるんだ。皆に変身魔法を掛けてだな――」



 ――時は現在へと戻り、王城にて。


 俺は目の前で跪いている勇者を見て、失望の言葉を漏らす。


「ヒスト……残念だよ。こんな結果になるなんてな」

「……」


 そのままの体勢で彼は俺の言葉に答えず、青ざめた顔でじっと地面を見ていた。これからの事を予測したのだろう。その様子はまるで、刑の執行を待つ囚人のようだった。俺は二の句を継ごうとしたが、広間に響き渡る怒声がそれを遮る。


「貴様……カテラ・フェンドル……!!よく王城に顔を出すことが出来たな!者共、引っ捕らえろ!!」


 その言葉に振り返ると、王座から立ち上がったアキレウス王が怒りのあまり紅潮した顔で近衛兵に命令を出していた。その声に応えるかのように広間の扉は勢いよく開け放たれ、十数人の兵士が雪崩れ込んで来る。あっという間に取り囲まれるかと思ったが、アリシアの嘆願によりそれは免れた。


「お願いです!まずは話を聞いて下さい!」


 彼女の声は兵士たちの足を止めるのに十分な声量と迫力を持っていた。当のアリシアは彼らの足が止まったことを周囲を見回して確認し、国王に向き直って続きを話し始めた。


「カテラが追われるようになったのには理由が有るんです!どうか聞いて頂けますか!?」

「……世界を救った一行の頼みじゃ、少し位は待ってやろう。だがな、納得できない理由であれば即刻、刑を執行する」


 国王は王座に腰を落ち着かせると、俺の弁明を待つかのように睨みを効かせる。それを気にも留めず俺は語り始めた。


「単刀直入に申し上げます。私は魔王のある特性から討伐は不可能と判断し、独自に別の方法で無力化することが出来ないか模索しておりました。その結果、陛下や大勢の人々を騙すような事になってしまったのです」

「……して、その別の方法とは?」


「この身に……魔王を封印するという手段です。先程言及したある特性とは、『自身を殺した者に取り憑く』という物でした。陛下もご存知の通り、魔王は勇者にしか倒す事が出来ない存在です。それを加味すると、魔王は自身が勇者に殺される事をも計画に入れていたのではないかと推察しました」

「……」


「魔王にとっては、私の取る手段は聖剣よりも厄介な物です。もし封印を狙っていることが敵方に知られた場合、私を殺す為に戦力の大半を割くことは目に見えていました。敵を騙すために、先ずは味方である勇者たち、果ては陛下や皆さんを騙した、という訳です」


 俺が説明を終えると、アキレウス王は暫しの間考え込んだ後に口を開く。


「成る程。合点はいくが実際にそうであったか証明する手立てが無い限り貴様の妄言としか取れない内容でも有る。さて、どう証明するのだ?」


「先ずは私が魔法を使えることを御見せしましょう」


 俺はそう言い切る前に自身に『透明化』をかける事で消える。とはいえ、俺の魔力の特性上衣服には掛けられない為それだけが宙に浮いている、何とも言えない状態になっていた。ともかく、それを見た兵士たちはどよめき、国王は納得していた。


「結構。そなたが魔法を使えることは把握した。だが、魔王を封印したというのは――」

「それも今から御見せしましょう」


『透明化』を解除し、変身魔法で『魔王らしい』格好へと姿を変えてゆく。兵士たちのどよめきはより一層強くなり、変身が終わる頃には俺を取り囲むようにして槍を構えていた。呆気にとられていた国王に向けて俺は人間の姿よりも数段低い声で語りかける。


『此処は……ふむ、人間界か。見たところ、貴殿が王で相違無いな?』

「……いかにも。儂の名はアキレウス・フェレール。魔王よ、貴様の名を名乗れ」

『名など持っておらぬ。好きに呼ぶが良い』

「そうか、では魔王よ。お主は本当に魔王なのか??」


 鋭い指摘だった。透明化――変身魔法の応用――が使えるとなれば、変身魔法で外見を変えることだけは出来る。つまり、今ここに居るものにそう信じ込ませるにはさらに『魔王らしい』何かをしなければならない。だが、そう指摘されるのも織り込み済みであった。


『我が眷族を操る術を見せてやろう。この様に、な』


 右手を挙げ、魔力を放出する。その余波で城は揺れ、頭上に飾られたシャンデリアは軋む。それを見て周囲を取り囲む兵士たちは俺が攻撃をするのでは無いかと誤解したのか、槍を握る手に力を籠めるが今の動作はただの合図に過ぎない。先程、レリフと話し合って決めた合図。『魔物を大量に召喚してくれ』という内容の物だ。


 揺れが収まり、十秒も経たない内に一人の兵士が広間に転がり込んでくる。


「陛下!!お逃げ下さい!!この王都を数千もの魔物が包囲しています!!今現在は進軍せず、その場に留まって――うわあぁあああ!!!!」


 報告に来た兵士は俺の姿を見るなり腰を抜かしては叫ぶ。敵の親玉が目の前にいるのだからその反応は当然のことだった。俺は彼の反応を無視して、挙げ続けていた右手の指を鳴らす。『召喚した魔物を引っ込めろ』の合図だ。


『力を見せろと乞われたから応じたまでに過ぎん。眷族は既に魔界へと送り返した。今此処で戦争を起こす気は毛頭無い』


 その言葉を受けて、国王は冷や汗をかきながら恐る恐るといった口調で言葉を発した。


『し、失礼した……。本当に魔王なのだな……』


 これで俺が魔法を使える事と、その身に魔王を封印した事は証明された。やっと次の段階へ進める。俺は今尚跪いている勇者へと振り返り、彼にある言葉を告げた。


『其処に跪いているのは、誰かと思えば勇者殿ではないか。息災だったか?』


 彼は青ざめた顔を上げ、見開いた目で俺を見ていた。

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