変身魔法の使い方

「むぅ……ここの座標を草原の祠から魔王城に変えて……あーでもこれでは魔界からの入り口が魔王城のみになってしまうの……」

「それでしたらここをこうやって分岐させればいいんじゃないんですか?これなら魔界側の入り口は従来通り祠で出口は魔王城になりますよ?」

「おお!流石じゃなリィン!ま、まぁ、我も分かってはいたがの。……本当じゃぞ?」


 魔方陣の縁でしゃがみこみ、あーでもないこーでもないと試行錯誤しているレリフとリィンの声を背中で受け止めつつ、俺は外周の水晶に向かい合うように地面へと胡座あぐらをかいて変身魔法の練習に没頭する。つまり、彼女たちと俺は背中を向け合って真逆の方向を見ながらそれぞれの作業をしていた。


 水晶に写る自分の姿を見ながら、目的としている見た目へと近付けて行くがどうにもしっくりこない。そこで、俺は彼女たちに助言を貰う為に振り返り、声を掛ける。


「なぁレリフ、リィン。もうちょっと魔王らしさを出したいなと思っ……」


 その言葉を最後まで言うことはできなかった。彼女たちの反応が予想以上の物だったからだ。


「何じゃ……ほぎゃああぁあぁあああ!!」

「何ですかお兄さ……きゃああああ!!」


 彼女たちは俺の顔を見るなり悲鳴を上げる。それも当然の反応だろう。変身した俺の体躯は平常時の1.5倍程に大きくなり、顔は人間界の者が『魔王』と聴いて想像するような恐ろしい物へと変貌していたからだ。


 青い肌に対照的な赤い瞳、口からは上の犬歯を伸ばした牙が下方へとはみ出していた。極めつけには額から生える一対の黒い角。顔と同等の長さを誇り、稲妻の如くギザギザと天を衝く様に生えた右のそれに王冠を引っ掛けるようにして自身の身分を表す。


 彼女たちは俺の姿に驚きつつも徐々に冷静さを取り戻して行ったのか、俺に尋ねてきた。


「魔王らしさ、ですか……。うーん、話し方ですかね?正直言って今の見た目でいつものお兄さんの口調だと違和感が凄いです」

「それもあるが、何より声と体格が見合っておらん。ずんぐりとした体に恐ろしい顔。それから連想されるのは低くドスの効いた声が相応しいというに今のお主の声は到底そうとは聞こえないからの」

「声と話し方、か。声帯まで変化させるとなると難度が高くなるが試しにやってみよう」


 彼女たちのアドバイスを元に、発声しては声帯の調整を行い、という作業を繰り返して行く。


「あ、ああー、あ、あ”、ん”。ん”ん”』


 少し喉に違和感はあるものの、何とか声質になってきた。あとは話し方を変えるだけだ。


『この声音こわねではどうだ?我が眷属達よ』

「はっ!よろしいかと思われます!魔王様」

「悪乗りするでないリィンよ。にしても何故そんな恰好をするのじゃ?今後に関わることなのか?」

『愚問だな小さき魔王よ。此れもまた我が策の一つに過ぎぬ。人が蔓延る異界に我が君臨する際の仮初の姿よ』

「ええい!きちんとした言葉で話さぬか!それと誰が小さいじゃと!?」


 笑いながら敬礼をするリィンと頬を膨らませて怒るレリフ。些かやりすぎたと感じたため変身魔法を解いて改めて説明した。


「悪い、言い過ぎたな。とにかく、俺がこの先人間界で活動する際はこの姿を取ることが多くなると思う。流石に素顔で出歩いたらあっという間に捕まってしまうからな」

「ふむ、そう聞けばまぁ納得は行くのぅ。もし今我らとお主が一緒に居たことを人間界の誰かに見られでもしたらお主が魔族と通じていることがあっという間に知れ渡るじゃろうしの」

「そういうことだ。それよりもだ、魔方陣の進捗はどうなっている?どこかで詰まっているのか?」


 そう聞くと、彼女達は『忘れてた』という顔をして慌てて体裁を取り繕う。俺はそれをため息混じりに見つつ、彼女らを手伝うことにした。


 レリフと俺でリィンを挟む様にして魔方陣の縁にしゃがみこむと、改めてその術式に眼を通す。それ自体は何の事無い、平々凡々な転移魔法陣だったが問題はその上に被さるようにして掛けられた封印の方だった。無理矢理破壊された為式の一部しか読むことは出来なかったが、それでもかなり高度な知識を持った術者が、膨大な魔力を持って織り成した物だと一目で分かった。


 魔界への侵入を防ぐために張られた物であることから歴代魔王の内誰かがこれを展開したのは確かだろう。歴代そのなかには勿論レリフも含まれている為、俺は彼女に訊いてみた。


「なぁレリフ、この封印陣はお前が記したものか?」

「そんなわけなかろう。我が先代から聞いた話じゃとかなり昔からある物とのことじゃ。とはいえ誰が書いたものかははっきりと分かっておらぬらしいが」

「そうか……まぁ、今はそれよりも転移魔法陣の修正を先にしてしまおう」


 それからほどなくして、修正が終わった為実際に転移してみることになった。依然としてリィンを俺とレリフで挟んだ形のまま、魔方陣の中心に立つと紫色の光が強度を増し、視界を一瞬にして染め上げていった。


 気がつくと魔王城のエントランスに到着していた。右を見るとリィン、レリフもその場に居たため事故などは無かった事が分かる。視界の右端にドラゴが見えた為振り返ると、彼女は入り口の大扉に木板を打ち付けているところだった。俺は彼女に進捗を尋ねる。


「お疲れ様。作業状況はどうだ?」

「お、やっと戻ったか!こっちの準備は万端だぜ。アタシ以外はもう休んでる。今は念を入れて補強してるトコだ。にしても、カテラと魔王ちゃんがいても夜まで掛かるなんてよっぽど手強い魔法だったみてぇだな」

「何?もうそんなに経ってたのか?」


 ドラゴの言葉を受けて、窓から外を窺うととうの昔に日が沈んでいたことが分かった。ここを出たのが昼過ぎだったことから、一日の1/4を魔方陣の近くで過ごした事になる。彼女達の疲労は確実に溜まっており、ドラゴも今まさに大あくびをしているところだった。流石にこれ以上は明日にした方がいいだろう。


「お疲れ様。ドラゴ、レリフ、リィン。今日はここまでにして休んでくれ。続きは明日行おう」


 彼女たちはそれぞれ違う言葉で返答し、自室に戻るために散り散りになった。俺は、万が一に備えて寝ずの番をする為に王座へと向かった。

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