【勇者Side】死後の世界
気が付くと、見渡す限り真っ白な場所に居た。視線の遥か先には地平線が見える。何故こんな場所に居るのかと記憶を手繰っていくと、ピラミッドでアルテマに心臓を一突きにされたことを思い出す。慌てて胸に手を当てるも金属の鎧に穴は空いておらず、血も流れてはいなかった。
あれは気のせいでも、勘違いでもない。金属の冷たい刃が脈打つ心の臓を貫いた感触は今でも覚えている。そのあと気が遠くなってここに居た。つまり俺は――
「死んだ?ここは死後の世界か?」
「その通りです。貴方は不幸にも殺されてしまいました」
状況を整理するために半ば混乱気味の思考を逃がそうと独り言として吐き出すと、予想外にも背後からその答えが返ってきた為俺はすかさず振り返る。目に入ってきた彼女の姿はただひたすらに美しいとしか形容できないものだった。長く伸ばした髪は白金の輝きを放っており、その頭には月桂冠が鎮座していた。身に纏う衣装は彼女の髪と同じく、白を基に所々に金の装飾が入っており神聖な雰囲気を醸し出していた。優しげな光を湛えた水色の眼で俺を見ながら彼女は語る。
「ここはそうですね……貴方達の言う死後の世界です。本来であればこのまま魂となって消滅するのですが、貴方にはまだやるべきことが残っているでしょう?ほかならぬ私から託された、『魔王を倒す』という使命が」
その言葉を聴いて初めて、目の前の彼女から発せられる声に聞き覚えがあることを思い出す。つい先日、聖剣を引き抜いた際に聞こえた声。そして三年前の神託。いずれも同じ優しそうな女性の声だった。つまり、今目の前に居る彼女は――
俺が今更気付いたことが可笑しいのか、彼女は微笑みを崩してくすり、と笑う。そして自身の正体を明かす。
「お気づきの通り、私が運命の女神と呼ばれる者です。こうして姿を直接見せるのは初めてですね。まず始めに謝らせて下さい。貴方のその双肩に世界の命運という名の重荷を載せてしまった事に。そして、その所為で命を失ってしまった事に」
謝罪する彼女の表情には先ほどの笑みは無く、顔を伏せたせいで陰が差していた。俺はその言葉に答えを返す。
「いえ、謝らないでください。俺、いや私はこうして選ばれた事に誇りを持っていますし、こうして死んでしまった事は自分の実力不足が招いた結果ですから、貴女のせいではないのです。それに、私の人生は貴女から使命を託されたことで劇的に変わりました。もしそれが無かったのなら、私はただの農夫として生き、そして死んでいく運命でした。貴女はそれを変えてくださいました。私はそれを恨むどころか感謝しているのです。だから、顔を上げてください」
自分でも歯の浮くような台詞だと思いながらも彼女にそう伝えると、沈んだ表情は先ほどよりかは明るいものに変わっていた。彼女はその表情のまま、俺が復活できることを告げた。
「ありがとうございます。その言葉を聴くとこうして送り出すことが心苦しいのですが、貴方の表情から察するに、まだ戦う意志は残っているのでしょう。であれば私はそれに応えるのみです。もう一度、現世に貴方を送り出します。心の準備は出来ていますか?」
俺はそれに黙って頷くと、彼女も続いて頷き、二言三言短く詠唱する。次第に俺を浮遊感が包み、徐々に視点が上へ上へと昇ってゆく。それを見上げながら運命の女神は祝福の言葉を授けてくれた。
「再びこの様な事が起こらないように私は祈っていますよ」
その言葉が耳に届くと同時に、視界は白く染まってゆき俺の意識は途絶えた。
意識が戻ると真っ先に伝わってきたのは背中への堅い感触だった。それから察するに何かしらに寝かされていることが分かる。目を開けると一面が真っ白だった。顔に布が被せられているのだろう。俺は邪魔なそれを右手で払いのけながら上体を起こす。すると、誰かしらの驚いた声がしたため俺も釣られて驚き、思わず飛び上がりそうになる。声のした右側に目線をやると、壮年の神父が手にしていた聖書を取り落としそうにしていた。俺は状況を整理するために彼に現在地はどこかと訊く。
「……ここはどこだ?」
「教会ですが……」
「そんなことは見れば分かる!どこの教会だと訊いているんだ!」
「し、失礼しました!フェレール王国王都の教会です!」
「そうか……済まない、いきなり怒鳴ってしまって。もう一つ聞きたいんだが俺の仲間がどこに居るか分かるか?」
「宿屋に滞在するとお聞きしてます。ですが今行っても無駄でしょう」
何故だ?と当然の疑問を口にしようとするが神父の目元を見てその疑問は喉元でつっかえた。彼の目元にはうっすらとクマが出来ており、彼の背後にある、開け放たれた教会の入口からは薄暗い外の風景が見えた。それから総合して、今が早朝であることが窺える。
「一応聞いておきたいんだが、今は何月何日だ?」
「銀の月の24日、朝の3時です」
「時間までありがとう。そうか、丸一日以上過ぎてたのか……その間ずっとそばにいてくれたのか?」
「ええ。私が出来る事と言えば女神様に祈ることのみですから。にしても本当に復活されるとは、まさに神の御業ですな」
「……」
黙り込んだ俺を見かねて神父は話題を変えようと俺に尋ねてきた。
「そういえば……個人的に興味があったのですが死後の世界というのはどのような場所なんですか?」
俺はその質問に答えながら、早く日が昇ってくれないかと願うのだった。
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