迎撃準備
俺はレリフからの報告を受けて、魔王城にいる全員―とは言え6人だけだが―を王座の前へと集めていた。目的は勿論彼女達に現状を伝える為である。
「何者かに大魔方陣の封印を壊された。これから先、人間界からの侵攻があることは間違いないと見ていいだろう」
そう切り出すと、レリフを除く5人の面持ちは心配そうなそれに変わる。俺はそれを意に介さず彼女達に続けて告げる。
「そこでだ、今から迎撃の準備をする。レリフ、今魔方陣の転送先はどこになっている?」
「魔界の最南端じゃ。テラスから見れば分かると思うが、ここから南にある広大な草原にある祠に転移するようになっておる」
彼女は水晶に魔力を籠めて魔界全体の地図を表示し、その南端を指して説明した。そこから更に南へと進めばこの大陸を横断している山脈に突き当たる。その険しい山々を越えれば人間界との行き来は出来るのだが天を衝くようにそびえ立つそれを越えるのは難しい上に、侵攻を防ぐために魔族も配備されている為、山越での魔界入りはほぼ不可能であった。
現在の転移先は俺からするとあまり条件の良くない場所だった。勇者の立場になって考えてみると、魔界に入ってすぐに魔王城に向かうとは考えにくい。魔方陣にすら封印が施してあるのだから、その本陣にも強力かつ解除に手間取る封印なり結界なりが張られていると考えるだろう。
そして、先日までの俺の様に魔界を巡るに違いない。そうすると、魔族をどうするかなんて事は考えなくても分かる。ただ、奴が一刻も早く魔王を倒そうと息巻いているのであれば直接ここに乗り込んで来る可能性もあるだろう。被害が少ないのは後者の、魔王城に直接乗り込んで来るパターンだ。
何せ魔都には誰も居ない。魔王城にも今いるメンバーしか居ない為、ここで俺が奴を止めればそこで被害は収まる。城自体は傷ついてしまうだろうが、民の犠牲よりかは遥かにマシだろう。
そこで、俺はある提案をレリフとリィンに持ちかける。
「レリフ、リィン。魔方陣の転移先を調整することは可能か?可能なら、ひとつ提案したいことがある」
「転移魔法なら私の領分ですけど……規模的に出来るかどうかはちょっと分からないですね……魔王さまはどうですか?」
「ふむ……我が術式の修正箇所を見繕い、リィンに修正してもらえば何とかなるじゃろ。にしても、転移先はどこにするつもりじゃ?いしのなかにでも飛ばすのか?」
首を捻りながらそう問いかける二人に、俺は自分の考えと答えを伝えた。
「今の転移先じゃ勇者たちが魔界全域を巡り、各所に甚大な被害をもたらす可能性がある。何せ奴は俺が殺さない限り何度でも甦ってくる。ライオール辺りが運良く倒せたとしても侵攻が止むことは無い。ならば、
その言葉を聞いて驚く彼女達をよそに、俺は右の人差し指で真下を指して続ける。
「ここに直接転移させれば魔界が戦場になることは無い。そして、俺が勇者を倒せばその時点で侵攻は止む筈だ。人間達は勇者が倒されたと分かれば戦意を喪失するだろうしな。仮に決死の覚悟で突っ込んできても有象無象ごときに遅れを取る筈もない。俺が全て止めて見せる」
そこでだ、と言葉を切るとそこにいる全員は固唾を飲んで次の言葉を待っていた。俺は下を指していた指を天井へと向けてさらに続ける。
「一つ、皆に協力してほしいことがある。何、簡単なことだ。入り口を壊すなりバリケードを作るなりして魔王城から出られなくしてほしい。万が一にも逃げられたら骨が折れるからな」
全員が力強く頷いたのを確認すると俺は彼女たちに指示を飛ばす。
「よし、では役割を分担しよう。レリフ、リィンは俺と一緒に魔方陣の元に向かい転移先の調整を行う。ドラゴ、ケルベロス、ルウシア、ニールは城を密室にするのと、城が倒壊したり焼け落ちた場合に備えて貴重な品を一ヶ所にまとめておいてくれ。奴らが来る前に安全な場所に運び出す」
その指示に、それぞれの言葉で返事を返した彼女たちは自分達の仕事をこなすために大広間から出ていった。残ったリィンは両手で俺とレリフの手を握り、準備が整ったか確認する。
「それでは行きますよ?準備は良いですね?」
その言葉に、二人同時に『勿論』と答えると、次の瞬間には視界が歪み、特有の浮遊感に包まれていた。たまらず目を閉じ、転移が終わるのを待っていると、リィンが小さく「あっ」とこぼすのが聞こえた。すかさず目を閉じたまま何かあったのか確認する。
「どうかしたか?まさか本当にいしのなかに転移でもしないだろうな?」
「それはいくらなんでも私をバカにしすぎです!どうやら魔方陣の影響で人間界側の出口に飛んでしまったようです。あ、もう目を開けても大丈夫ですよ」
そう言われて目を開けると、そこには幻想的な空間が広がっていた。地下洞であることは知っていたが、ここまで広大な場所だとは思わなかった。足元には直径30m程の魔方陣が二層になってゆっくりと回転している。表層と深層は互い違いに、深層の方が目に見えて濃い紫の光を放ちながら歩くような速度で回転運動を続けていた。
対して表層はやや白っぽく、弱々しい光を放っていた。よく見ると所々にヒビが入っており、無理矢理に封印を破られたことが見て取れた。魔方陣の回りには色とりどりの水晶が群生しており、なんとも神秘的な光景を形作っていた。レリフやリィンはそれに見とれていたが俺はヒビ割れた魔方陣から目を離すことができなかった。
誰が、何のために、どうやって突破したのか。それを考えている内に妙案を閃いたからだ。
俺がどうやって魔界へ来たのかを説明する為に、この事態を利用しない訳は無かった。勇者に何故ここにいると訊かれたら、自信を持ってこう告げてやろう。
『お前らが封印を解くよりも先に、それを壊したからだ』と。
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