【勇者Side】蘇生

 魔界へと渡るために必要なオーブを手に入れる為に挑んだピラミッドで、私たちは先日まで戦っていた甲冑とは別の個体と戦闘になり、あえなく敗れてしまいました。倒れてしまった勇者の蘇生を試みる為に王都の教会へ彼を運び込むと、神官長からの返事は『蘇生には明日までかかる』とのことでした。


 私たちは彼の蘇生を待つためと、戦闘の疲れを癒す為宿屋に一泊することにしました。お昼を少し過ぎた位の時間でしたが外に行くわけにもいかず、部屋で三人集まっていました。その宿屋はエルトさんが私たちの旅に同行する事になった時に泊まっていた所です。私はその時のことを思い出しながら、エルトさんとロズさんにあの甲冑から聞いたことを伝えます。お二人はそれを聞くと何とも言えないような顔をして暫し考え込むと口を開きました。


「私ほどの魔力があれば魔方陣の封印を壊すことが出来る……なら、先輩であればいとも簡単に突破可能でしょうね」

「カテラはそれを見越してあの手紙を書いたんだろうな。オレはあれを読んでから『どうやってアイツは魔界へと渡るんだ』って不思議に思ってたんだがこれで解決したな」


 私はお二人の言葉を聞いてから、この事実を聞いてから心のなかに湧いた事を伝えます。


「あの、私から今後の提案があるんですが……聞いてくれますか?」


 お二人は私の言葉に黙って頷き、続きを促します。私はそれに従って話し始めました。


「勇者が復活したら、魔方陣の様子を見に行きませんか?もしもカテラがそこに到着していたのならすでに封印を壊して進んでいるはずですし、まだであれば一度戻って頃合いを見計らってもう一度来ればいいのです。そうすれば、彼と私たちのペースがよほど離れているということは無くなりますし、運が良ければ現地で合流できます」


 私があの甲冑と対峙した時に感じたことは私たちの力量不足でした。勇者に任せっきりのこの戦法があの甲冑には効かなかったことから、そろそろ伸び代が無くなってきたのでは無いかと感じていた為、カテラとなんとか合流できれば新しい戦術にも手を出すことが出来るのでは無いかと思ったのです。


 何せ、彼が甲冑に追われているということは生きていると魔王達にとって不都合だと判断されたからでしょう。それが何かしらの情報を知っているからなのか、それともただ単に魔力量から警戒されているだけなのかは分かりませんが。ともかく、彼が狙われている以上、約束の魔王城での合流よりも早く、彼の元に駆けつけなければ行けません。


 ただ、カテラとの合流はある条件を満たしていなければなりません。それは、彼に実力があることを勇者に認めさせることです。今のまま合流しても、勇者はまた彼をどこかへ追いやってしまうでしょう。それを防ぐ為にも実力を証明する、つまり魔界まで一人でやって来たという実績を見せないと行けません。その為、私たちが魔界に入る前にカテラと再会しても意味は無いのです。


 カテラに魔方陣の封印を壊してもらい、魔界で彼に追い付く。それが彼との合流を視野に入れた、今後の提案でした。私の案を聞いて、お二人は私が言いたいことを察したのか補足するように答えます。


「そうですね、戦力は多いに越したことは無いですし……私たちは今まで通り鍛練を積みつつ先輩と合流できれば尚良いですね」

「となると、エルト嬢が封印を壊せることは勇者の野郎に黙ってた方が良いな。アイツは一刻も早く魔王を倒したいだろうしよ。んじゃ、これからのことも決まったしオレは素振りでもしてくっかな」


 そう言って大剣を担いだロズさんは宿屋から出ていきました。私たちはその背中を見送った後に瞑想を始めるのでした。


 ――――――――


 宿から出たオレは、右肩に担いでいるこの大剣を存分に振り回せる場所を求めて王都をブラブラとしていた。そんな中、ふと聞こえてきた会話に耳を疑った。


「おい、聞いたか?何でも勇者が瀕死の重症を負ったってよ」

「瀕死?俺が聞いたのはもう死んでるから教会で蘇生を行ってるって話だが」

「バカ言え。死んだ奴を生き返らせるなんてできっこねぇよ」

「つっても女神様の加護があるから死んでも死なねぇって当の本人が酒場で騒いでたぜ?」

「そんな与太話信じるお前が―――」


 そう話している戦士と見られる男二人とすれ違い、やがて話し声が聞こえなくなる。耳をそばだてて見ると、そこらじゅうから同じような内容の話がされていた。


「聞きました?勇者様が――」

「噂によると、かの勇者殿が瀕死の重体だと――」

「彼を倒すとはどれ程凶悪な魔物が――」


 戦士、商人、主婦、吟遊詩人、遊んでいる子供でさえも勇者が死んだ、死にかけている事を話していた。


 オレ達はアリシア嬢の魔法でピラミッドから直接教会へと飛んだ。さすがに奴を担いで街中を歩くわけにはいかなかった。今のように、『勇者が負けた』ということを衆人の目に晒したくなかったからだ。


 地下遺跡の時は王都ほど人が居なかったから人目を忍んで連れてくることができたが、ここまでの規模を誇る都市ではそんなことは出来はしない。だからこそ直接転移するという手段を選んだのに、こうして噂は広まっている。ひとたび広まった噂は、さらに増長した物へと変わって行く。


「この調子で、魔王に打ち勝つことなど出来るのでしょうか」

「確かに……現に魔王と戦った訳ではないんでしょう?」

「魔界には人間界以上に手強い魔物がひしめいているんだろ?今のままじゃ――」


 一人の女性が発言した内容に、次々と同調の声が挙がる。


 勇者が負けたという噂は、このままでは魔王に勝てないのではないかという不安の種を人々の間に蒔いていった。


 オレはその様子をただただ見ているしかなかった。

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