無事を知らせに

 しばらくして泣き止んだレリフを連れて俺はライオールに一言、世話になったことを告げて彼の城を後にする。リィン達はどこにいるのかとレリフに尋ねると『会長』クラウスの家で不安そうに待っていると返ってきたため、顔を見せて安心させる為に彼の家を訪ねることにした。


 外に出ると、日は中天からやや西に傾いており、横に並んでいる彼女との闘いから数時間は経過していることが読み取れる。つまり、闘いを終えたにも関わらず食事を採っていない体は栄養を欲しており、盛大に腹を鳴らしていた。行きに乗せてもらった馬車は既にその場を去っていた為、歩きながら何かしら腹に入れようという話になった。


 隣を歩くレリフの恰好は、あの時相対したものではなく、白のドレスを身に纏い、銀のティアラをその頭に載せているというものである。対して俺の恰好はいつもの恰好、即ち魔王の正装である黒のローブに赤黒い王冠という出で立ちだ。対照的な恰好をした二人が街中を歩けば当然目立つ。先ほどまで大勢の前で激闘を繰り広げていたのであればなおさらだ。結局、あっという間に俺達を中心にして人だかりが形成されてしまい、一歩も動けない状況となってしまった。


 数多くの獣人が俺達を見ているが、そのほとんどが商人だろう。温厚そうな眼には賞賛と好奇心、そして「コネを作っておこう」という僅かな下心が垣間見えた。空腹に苛立ちながらもそれを顔には出さず、穏やかに、諭すように彼らに伝える。


「済まないが急いでいるんだ。道を開けてもらえないだろうか」


 そう伝えると、彼らはそそくさと道を開け、押し黙ってしまった。俺の怒りを買ったとでも思ったのだろう。ほとんどの者はその顔を引きつらせていた。そんなことはないと伝えようとしたが、先んじてレリフが場を和ませるために笑いながら俺を茶化す。


「これ、皆がおびえておるではないか。腹が減ったからと言ってそんなに急いで飯屋に行くこともなかろう」

「だから飯はそこらへんの出店の物でも買って食いながら帰るって話しただろうが。急いでいるのは別の理由だ」


 リィン達に顔を見せたいのもその理由の一つだが、俺たちの目的は別にある。前勇者を殺害した犯人が本当に歴代の魔王達の中に居るのかを調べるためにリィンに頼んで転移魔法を使ってもらうというのが本当の理由だった。俺は女神の仕業だと踏んでいたが、その線も捨てきれない為一応調べておきたかったのだ。


 ――――――――


 それからしばらくして群衆たちから解放された俺達は、レリフとの話を聞いていた彼らから『イルで最も評判の良い料理店からの物です』と渡された、肉の串焼きをほおばりながらリィン達の元へと向かっていた。その道すがら、レリフに聞きたいことがあったためそれとなく聞いてみる。


「そういえば……レリフの先代はどんな魔王だったんだ?」

「……優しく、それでいて時には厳しい人じゃった。こと魔法の勉強においては……あまり思い出したくないのぅ。優しく教えてくれるのはいいのじゃが『出来るまでやれ』と言われた事は数えきれないほどあった。まぁ、そのお陰で苦手な転移魔法を除く全ての魔法を使えるようになったのじゃがな」


 それからというものの、彼女は先代魔王の事を喋ることに夢中になったのか、食いかけの串焼きを右手に持ちながら俺に様々なことをしゃべってきた。その様子からして、いつもの調子を取り戻しているのは確かだろう。そんなことを考えていると、目的地のクラウスの家が見えてきた。


 丁度玄関先の掃除をしていたのだろうか、俺たちを乗せた馬車を手繰っていた初老の使用人が俺たちの事を迎え入れると、そこから先は大騒ぎだった。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたリィンとケルベロスが抱き着いてきてはわんわんと泣き、ドラゴには『もっと自分の体を大事にしろ』と怒られ、それを見ていたルウシアからは慰めの言葉が掛かり、場を収めようとしていたがどうにもならなかったニールは右往左往していた。


 謝り倒すことでそんな混沌とした状況をどうにか収めると泣き腫らした目をしたリィンに魔王城への転移を頼む。だが、彼女は交換条件を提示してきた。


「……別に構いませんけど、今度あんなことして心配かけたら二度と転移魔法使ってあげませんからね!」

「ああ、約束しよう」

「あと、帰ったらまずは掃除を手伝ってもらいます!」

「……分かった」

「次に、ドラゴさんにいつもして頂いている食事の準備の手伝いも!」

「……」

「そして、今日は一緒のベッドで寝てもらいますからね!」

「ちょっと待った!最後のはいくら何でもおかしくないか!?」

「ちっともおかしくありません!」


 怒涛の勢いで繰り出される、些かやりすぎではないかと思われる交換条件に異議を申し立てようとしたが、彼女の勢いに気圧されてしまう。


「お兄さんが居なくなったらさっき言ったことはできなくなってしまうんですよ!?あんな無茶なことをするのであれば出来るときにやるしかないでしょう!」

「そ、そうだな……」

「じゃあ決まりですね!それでは早速戻りましょう!」


 ――――――――

 こうして、獣人の都市への遠征は幕を閉じた。そして魔王城に戻ってきた俺は、事態が急変していることを知る。

 ――――――――


 二日間、勇者達の動向を探っていなかった為、現況がどうなっているのかを確かめようと王座に座り、水晶へと手をかざす。そして映し出された光景は――


 神殿で、胸に傷を負って横たわる勇者の姿だった。傷の大きさや血の跡からして、その命はとうに奪われた事が窺える。


 その状況を見た俺は混乱していた。今まで見てきた光景では、奴は並みの魔物どころかダンジョンのボスですら圧倒できるほどの力量を持っている。そんな奴がこうして死んでいる。一体誰が、何の目的で奴を殺したのか。


 勢いよく開け放たれた扉の音で、まとまらない考えを意識から追いやる。考え込むために下ろしていた視線を上げるとレリフが息を切らして王座へと近寄ってきては、衝撃の事実を俺へと打ち明けた。


「人間界へとつながる大魔法陣の封印が何者かに壊されておった!このままでは人間界からの侵攻を許すことになるぞ!」


 封印を解く事を最も欲しているのは勇者だろう。だが奴はこの通り死んでいる。では誰が、どうやってそのようなことをしたのだろうか。この事実は、俺の頭をさらに混乱させた。


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