トラウマ

 あれは珍しく、雷雨が止まない日じゃった。朝早くからゴロゴロと鳴る空模様に起こされて、我はベッドの上で寝呆けておった。そんな我の目を完全に覚まさせたのはロックもせずに転がり込むように部屋に入ってきた一人のメイドの言葉じゃった。


 目の前で我の話を聞いておるカテラにも分かるように、『もちろん、リィンのことではないぞ?』と付け加えて話を続ける。


『勇者様が何者かに殺されました』とメイドから報告を受けた我は身支度も整えぬまま、急いでサラが使っていた部屋へと向かった。ドアを蹴飛ばしながら開けると、そこには見るも無惨な姿で横たわる彼女の姿があった。


 頭に刺さったままの斧は頭蓋を割り、端正な顔立ちは幾度となく叩きつけられたその刃によって判別がつかぬほど目茶苦茶になっておった。優しげな目元や蒼い瞳、筋の通った鼻や薄い唇は見る影もなかった。顔に加えて、体にも明確な殺意が見てとれる傷が何十にも渡って跡を残しておった。


 メイドは『何者か』と言葉を濁していたが、女神様の加護を受けている勇者を殺せる存在なぞ、魔王しか居ないことは彼女も知っておる。つまり、凄惨としか言えないこの殺し方をしたのは我以外考えられなかった。それからと言うものの、我はその事実を忘れるために酒に溺れた。


 日に日にその量は増え、酔っていない時間の方が短くなれども忌まわしい記憶は消えてくれない。それどころか、『勇者』という言葉を聞くだけであの惨状が鮮明に思い出されて参ってしまうようにまでなってしもうた。


 何度も自死を考えたが、我がいなくなった後の魔界を想像するとまだその時ではないと思い留まった。後継も決まっていないこの状況、我が亡くなった後魔界は混沌を極めるじゃろう。最悪の場合、その隙を付かれて人間界に征服されるであろう事も容易く想像できた。


 じゃから、我は後進を育てることにした。我よりも思慮深く、聡明で、何より強い者を探しては声を掛けて行った。じゃが、魔界にはそんなものはおらんかった。ならば、と人間界で条件に合う者を探した所――


「俺が見つかったってわけか」


 目の前の男はそう答えると、呆れたような顔をして続ける。


「馬鹿を言うのもいい加減にしろ。俺がレリフよりも強い?賢い?そんな訳無いだろう。さっきも右腕を無くしかけた上に気絶し死にかけた俺を、馬鹿者と言ったのはお前だろうが」

「じゃが、お主は知略を巡らせこの我に打ち勝ったではないか!少なくとも強さは保証されておる!」

「つまらない意地を張ったせいで死にかけた上に負けた相手に治療して貰ってなんとか生き延びたことを勝ったと言えるならな!そんな訳無いだろうが!」


 カテラは珍しく感情を爆発させて我の言い分に反論する。返す言葉に詰まる我に対して、そのまま柄にもないことを言い始めおった。


「それに、俺が賢い?その逆だろう。大馬鹿にも程がある。『魔法が使えない』ことをちっぽけなプライドのために十年間言い出せず、挙げ句の果てにはそれすら少し試せば間違いだと分かることだったというのに分からなかったマヌケだ!こんな奴に魔王の座を譲って本当に良いのか!?不完全な、自分を対象にした魔法しか使えない奴を本当に自分の後継者だと胸を張って言えるのか!?」


 黙りこくった我をよそにカテラは先程よりかは落ち着いた様子――それでもいつもよりかは言葉に力が籠っておるが――で続けて自分の思いを語る。


「俺が言いたいのはな、自分自身まだ魔王を名乗るには早いんじゃないかってことだ。レリフにできて、俺一人じゃできないことは沢山ある。傷ついた人たちを癒すことや、魔都の管理、魔界についての知識だってまだまだなんだ。そんな状態で、『今日からお主が後継者じゃ。我はもう思い残すことは無いから死ぬ』と言われても『ハイそうですか』と納得することなんて出来はしない。後継者が育ってきたら死ぬつもりだと言うのであれば、俺はお前を死なせない為に敢えて無能を演じるぞ」


 我のことを思っての行動だということは分かるが、サラを殺してしまった自責の念と贖罪の為に消えてしまいたいというのが正直な所だった。我はそう伝えようとするも、先んじてカテラがそれに言及する。


「それに、レリフが寝ていた際に殺されたんだろう?常識的に考えてそれはあり得ないだろう。前の勇者は寝ぼけたお前にも負けるほどの実力しか無かったのか?勇者に選ばれた以上、それは考えにくい。とはいえ勇者を殺せる存在は魔王しかいない。となればこうも考えられるはずだ。『お前より前の魔王が生きていて、そいつが彼女を殺した』とな」

「それは……あまり考えられないじゃろ……。我の先代は不慮の事故で亡くなったのをこの目で見ておるし……」

「ならその前、初代にまで遡ることは出来るか?出来ないのなら、城に戻って記録を探す。まぁその記録も確かだという保証はどこにも無いがな。とにかく、俺はレリフがそんなことをするはずが無いと信じてるよ」


 ――――――――


 そうレリフに伝えると、彼女は突っ伏してわんわんと泣き出してしまった。落ち着くまでその背中を撫でつつ、俺は真犯人の目星を付けていた。


 運命の女神。奴の歪んだ笑顔が目に浮かぶ。勇者と魔王、両方に力を与えた彼女であれば、魔王ではなくとも勇者を殺すことは可能だろう。魔物と人間の戦争を引き起こし、休戦も許さないというのであれば、俺は奴を許さない。


 レリフの運命を狂わせた罪を何としてでも必ず償わせてやる。

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