決戦前夜
俺は働いてくれた彼女たちに労いの言葉をかけた後、一人で王座に座って水晶玉を覗いていた。いつもは明るい大広間も、夜の帳が降りた今では教会で横たわる勇者を映す水晶の光と、天窓の枠によって田の字に切り取られ、窓からほぼ垂直に降りる半月の光だけが室内を淡く照らしていた。
朝一番に死闘を繰り広げ、それから魔法の練習をして術式の修正を行う。今日一日の疲労は俺に容赦なく襲いかかってくるが、俺は足を組み直したり、頬杖をつく腕を忙しなく変えることでなんとか眠気に抗っていた。ここの所、今まで二日三日は優に出来ていた徹夜が出来なくなっていた。それに、椅子に座って寝る事で夜を明かすことに抵抗を覚えるようになった。
つい三週間前、俺が勇者一行に加わるまでは日常茶飯事だったそれらはいつのまにか非日常になっていた。
思い返してみれば、この三週間は色々な事があった。一行から追い出されたあの日、リィンに連れられてレリフとドラゴに会い、そこで限定的ではあるが魔法を使える様になった。事情を知る勇者を止める為にその力を振るうが奴の厄介な性質上、口封じが出来ず結果的に事実を暴露された。
勇者に気取られない様にアリシア達と接触し、俺の目的を果たす為に彼女達には何がなんでも
魔王になってからは
ここまで思い起こして、ふと『戦争を起こしたのは人間側、魔族側のどちらなのか?』という疑問が湧く。百年前の話だ、覚えている者は一人しかいない。その人物の顔を思い浮かべると同時に、大広間の扉が軋みながらゆっくりと開き、当の本人が姿を現した。
いつも着ているドレスよりも薄手の、白い寝巻きを身に纏った彼女は王座に座っている俺をその赤い眼で見つめると、眉をひそめて短い溜め息を一つ吐いた。それから、ゆっくりと近づきながら俺を諭す。
「全く。やはりここに居ったか。朝には死にかけておったのじゃぞ?お主が一番休むべきでは無いのか?」
「あのときたっぷりと寝たからか、どうにも眠れなくてな。眠くなるような話をしてくれないか?例えば……人魔戦争の発端とか」
その言葉を聞いた彼女は、俺に近づく足をはた、と止め、苦い顔をして問いかけてきた。
「実につまらなく退屈な話じゃぞ?それでもよいのか?」
「つまらない話ほど聞いていて眠くなる物は無いだろ。いいから話してくれ」
「仕方ないのぅ。少々長くなる。膝を借りるぞ」
そう言いながら俺の目の前まで辿り着いた彼女は、俺が足を組み直すその瞬間を狙って膝へと飛び乗り、先程よりも落ち着いた口調で語り始めた。
「この戦争は、たった一人の凶行から始まった。あれは我が魔王になってから十余年ほど経った年じゃった。突如として百を軽く超える大量の人間が魔界へと侵攻してきた。その時は今のように封印は解かれていなかったからの、恐らく南に聳える山脈を越えてきたのじゃろう。彼らにはそれをしなければいけないほどの理由があった。敵意が無いことを示し、侵攻部隊の長であろう者と話をすると、信じがたい話を聞かされた」
彼女はそこで言葉を切る。俺は先を促すために『それで?』と一言だけ発する。彼女はその言葉を受けて続きを語る。
「聞けば、『人間界で魔王を名乗る者が次々に人々を虐げ、殺して回っているのだ。だから仇を取るために魔界へとやって来た』と。その話は我の耳には冗談にしか聞こえなかった。当然我がそんなことをするはずもないし、魔界が出来て300年の間、人間界とは干渉しないでやって来たしの。我はその事を必死に弁明したが、結局はその夜に彼を残して部隊が闇討ちにより全滅した為信じてもらえることは無かった。一人残された彼はその眼に憎悪を滾らせて人間界へと帰っていった」
「そして、応戦するようにして山脈に魔族を屯させてこれ以上侵攻されないようにしたってわけか」
彼女は俺の言葉に頷いて返事をすると、突如として膝から飛び降り、振り返っては取り繕うように口調を明るくして笑う。
「どうじゃ?実につまらない話じゃろう?魔王を騙る者の正体も分からず、流されるようにして戦禍に巻き込まれていった。我にとっては実に、実につまらない話じゃ」
彼女はそう言い終えると、再度俺に背中を向けて部屋から出ていった。
俺はその背中を見送りながら、あることを考えていた。十中八九、最初の侵攻は仕組まれた者だろう。五十年前の勇者を殺した者と同一人物の手によって。そして、先日の魔方陣の封印が破壊された件も恐らくそいつの仕業に違いない。
封印が壊された今、いつ次の侵攻が来るかは分からない。願わくば、最初に
そこまで考えて、俺の我慢も限界に達したのか糸が切れたように眠りこけてしまった。このときの俺は、半日後には全てが終わっている事など知る由もなかった。
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