王としての答え
襲い来る風刃の嵐への対処として、俺は
ざっと数えただけで千近く。薄緑の三日月が眼前に展開されていた。それほどの数をこちらに放っても尚、レリフの周囲にはその数十倍の数が渦を作っていた。つまり、目の前の光景は攻撃の始まりに過ぎなかったのだ。右手に握ったままの魔剣で試しに十個ほど斬ってみると、あっけなく両断された三日月はその形を保てなくなり音もなく自壊した。
一つ一つの強度はそれほどでも無いのだろうが、数が多すぎる。レリフに危害を加えずにこれを切り抜けるとなると、目の前の刃を全て両断する必要があるだろう。しかも時間はそうかけていられない。彼女は十秒もしない内にこれだけの数を作り出せるのだ。即ち十秒以内に数十万もの刃を全て切り刻まなければならない。いくら補助魔法で筋力を増強しているとしても俺の腕前ではその一割程度が限界だろう。
他に取れる手段を考えている時間もない。闘技場という逃げ場の無い空間で、今以上に竜巻の規模を広げられたらなす術もなく全身を切り刻まれて終わりだろう。そうなる前に対処するには、もうこの手しか残っていない。
流れる雲の様な速さで迫り来る第一陣を右へと避けてレリフのいる竜巻へと突き進む。第二陣は先程よりも苛烈で、まるで壁のように等間隔で刃が列を成していた。俺の身の丈を優に超える高さと、その倍以上ある幅。回り込むには時間が掛かりすぎる為右手の魔剣を両手に纏わせる魔拳へと変えて道を作る。
壁の中央を十回ほど殴り付け、藪を掻き分けるようにして辛うじて通れる程の隙間を作る。そこに体をねじ込むようにすり抜けて、いよいよもって彼女のいる竜巻の前までやって来た。殆ど静止しているような速さで右から左へと流れるそれの前に立つと、俺は魔拳を纏った右手を突きだした。
先程のように刃を排除して通れる様にするのが目的ではない。どれ程の厚みがあるのか測る為だ。血の籠手で覆われている肘迄の長さでは突き破るには足りないようだ。それを受けて、左手に回していた血を右手へと集中させて右肩まで覆える程にまで発達させる。
もはや籠手ではなく、鎧とでも形容した方が良さそうなそれを再度、竜巻へと突っ込んだ。今度は辛うじて手首から先が通り抜けたようで、肩から手首までに伝わる、刃が鎧を突き抜けようと乱暴に叩く衝撃は伝わって来なかった。
だが、手を一所懸命伸ばしても彼女には届かない。刃の隙間から辛うじて垣間見える彼女の姿は約2m程先にあった。これでも届かないのであれば、止むを得ないがこうするしかないだろう。
俺は、右手はそのままに、覆っている鎧を敢えて解除した。途端に、素肌へと数々の刃が食い込み、肉を噛み千切ってゆく。ゆっくりと、薄緑の竜巻に自身の血の赤が混じって行く様が見えた。想像を絶する痛みに叫びそうになるも、今はそれどころでは無いだろうと奥歯を噛み締めて自分を奮い立たせ、成すべきことを成す。
解除したことで行き場を無くした血を突き出した右掌に集め、剣では無く鞭のような形状にしてレリフのどこかへ巻き付ける目的でそれを操る。刃の隙間から、彼女の手首に巻き付いたのを確認し、力任せに引っ張った。
彼女は自身の術で自分を傷付けないように解除したらしい。万を超える風の刃は突風のように、彼女のいた場所を中心として吹き荒れた。それが追い風となり、彼女は空中を俺に向かって猛然と突っ込んで来た。その顔に敵意はなく、驚愕の表情を浮かべていた。
傷一つ無い彼女を、同じく傷一つ無い左腕で抱き止めると、彼女は観念したような表情で一言だけ呟く。
「これがお主の答え……か」
その言葉に、俺は右腕の痛みに顔をしかめながら答えた。
「ああ、これから先、望まない戦いに直面したら俺はこうして矛を納めさせる為にこの力を使う。それが俺の、王としての答えだ」
「そうか、それも良いじゃろう。こうして実現されては何も言えんわい。我の敗けじゃ」
こうして、新旧魔王の戦いは幕を閉じた。観客はその戦いぶりを割れんばかりの拍手で讃える。俺はレリフを離し、彼らの顔を見ようと振り返ろうとして――
突如、視界が揺れて全身から力が抜けて行く。立つことさえままならず、前のめりに倒れ込んだ。俺はレリフの懸命の呼び掛けを耳にしながらその意識を手放した。
――――――――
目が覚めたら、赤いレンガの天井が飛び込んで来た。見慣れない天井に疑問を持ちつつ、先ほどまで傷だらけだった右腕を見ようと体を起こす。すると、泣き腫らし、少し赤くなった目を閉じたレリフがベッドの端にもたれるようにして寝息を立てていた。
どこに寝かされていたのかと周囲を見渡すと、壁にかけられていたライオンのトロフィーと、部屋の中央に敷かれていた虎革で察しが付いた。呟くようにその者の名前を呼ぶ前に、開け放してあったドアに寄りかかるようにして当の本人が顔を覗かせていた。
「目ェ、覚めたみてぇだな。一つだけ聞きてぇことがある。ちっと付き合え」
レリフと戦う前に拳を交えていた、ライオールがそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます