魔王 対 魔王

 つい二日ほど前のことでしょうか、私が冗談のつもりで言った『お兄さんと魔王さまが戦ったらどちらが勝つのか』という『もしも』が今、目の前で実現しようとしていました。魔王さまの一声で静まり返った観客達は二人の事を固唾を飲んで見守っています。かくゆう私もその内の一人でした。


 魔王さまはお兄さんの方を向いているためその表情を窺うことは出来ませんが、先程お兄さんに投げ掛けた言葉のトーンや、対するお兄さんが戸惑っていることから先程の提案は本気なのでしょう。お兄さんの返答を待ちかねたのか、魔王さまは右手に持っている剣で上から振りかぶるように切りつけました。


 とうとう、二人の戦いが始まってしまったのです。私はそれぞれに怪我が無いことを祈ることしかできませんでした。


 ――――――――


 どう返答すべきか迷っていると、問答無用と言わんばかりにレリフは斬りかかってきた。それを瞬時に創出した魔剣で迎え撃つと、静寂に包まれた闘技場に金属音が高らかに鳴り響く。その音を皮切りに、十、二十と切り結んで行った。いや、切り結ぶというよりも、俺が彼女の剣を受け続けていたという方が正しい有り様だった。


 レリフの言いたいことは十分に分かっているつもりだ。先代魔王を負かすことで俺がそれほどの、魔王を名乗ることを許される程の実力の持ち主なのだと彼らに示す為にこの勝負を持ちかけたのだろう。だが、俺には彼女と戦う気になれなかった。自身の力を示す為とは分かっているが、彼女に傷を負わせてしまうことを躊躇っていた。回復魔法、それもかなりの重症さえ癒すことが出来る為、致命傷を与えなければ十分治せるのだが、治る治らないの問題ではない。


 様々な物を与えてくれた彼女への恩を、痛みとして返す事が許せないのだ。とはいえ、この挑戦を受けないという選択肢は彼女の顔に泥を塗る事になってしまう。


 当の彼女は俺の考えを知るよしもなく、今なお鋭い剣筋で俺を翻弄していた。このまま受け続け、彼女の体力が尽きるのを待つか――そう考えていると、突如として彼女の剣圧が重くなり、こちらの手が先に限界を迎えそうになる。好戦形態アグレッシブの強度を上げて対応するもすぐにそれも追い付かなくなり更に強度を上げる。その繰り返しを続けながらも依然として俺の防戦一方で戦いは続いていた。


 当初は2割程度だった補助魔法の強度が6割を超えると同時に、鍔迫り合いにもつれ込んだ。戦いが始まってからその口を真一文字に結んだレリフに、俺は自分の意思を告げる。


「止めてくれレリフ!俺はお前と戦いたくは無い!俺の力ならライオールを負かしたことで証明出来ただろう!?」


 その言葉を受けて、目の前の彼女は怒りを露にしながら言い放つ。


「戦いたく無い……じゃと?そんな戦はこの世にゴマンと有るわ!お主は今までの戦いは自分の意思で起こして来たじゃろうが、王として君臨すれば、望まぬ戦いの方が多くその身に降りかかって来る!国同士の戦争、またはクーデター、あるときは個人的な戦いとしてな!その時も、お主は今と同じく『戦いたく無いから戦わない』などのたまうつもりか!?」


 彼女が言葉を紡ぐにつれ、その剣にも力が籠められていく。


「今は一人じゃから負けても最悪お主が死ぬだけで済むが、王として負ければ、ここにいる人数以上の者が無惨な最期を遂げることだってあり得るのじゃぞ!それでも尚、腑抜けたことを言うのであればここで切り捨ててくれるわ!そうされたくなければ戦え!戦ってこの場でお主の答えを我に示せ!」


 最後にそう問いかけて、彼女は大きく飛び退いて俺と距離を取る。同時に前に伸ばした左手の、天へ向けて開いた掌に魔力を練り始めた。遠目でよく見えないが、恐らく風魔法の類いだろう。僅かに緑を帯びた、半透明の刃が次々と形成され、彼女の掌を包み込むように飛び回り球を形成して行く。その三日月形の刃を見て、漸くその魔法の正体が分かった。


 風の刃エアロ――初級の風魔法で、魔力量と術者の錬度にも依るが風が織り成す刃を十枚程度射出する魔法。


 こんな初歩的な魔法でも、魔王を名乗る者の膨大な魔力をもってすれば驚異的な威力を発揮する。今まさに、その光景が目の前で展開されていた。風の刃は二桁を優に超え、球の大きさもそれに比例して大きくなっていく。その中心は掌から彼女の体全体へと、規模は人一人を容易く飲み込める程の大きさを誇る物へと変わり、色も先程よりも深い緑色へと変貌する。そして、最初の刃が形成されてから十秒も立たない内にその球は巨大な竜巻へと姿を変えて目の前に立ちはだかった。


 一枚一枚は向こうが透けるほどの透明度を誇る風の刃だが、常軌を逸した枚数が渦を形成することで緑色の壁となり、中心にいるであろうレリフは見えなくなっていた。それから見ても数千、数万の刃がこれから俺目掛けて飛来することは明白だった。


 その恐るべき攻撃に備えるため、俺は身を包む装備にそれぞれ解呪ディスペルをかけて行く。ライオールとの戦闘で壊れてしまった両の籠手と、王冠を載せる為に兜を被らなかった頭部以外はなんとかなるはずだ。それでも、あの量から両手と頭を守るのは至難の業だろう。だが、なんとしても耐え抜いてみせる。


 彼女に俺の答えを示す為にも。


 俺がそう決意すると同時に竜巻は刃の嵐となって襲いかかってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る