闘技場
ライオールと直接対決することが決まってから早数時間が過ぎた。俺は今、街の北にある闘技場、その控え室で戦闘の準備を整えていた。魔王の正装とは言え、ローブのまま闘技場に入るのはおかしいのでは無いかという話になり、伝統に従って剣闘士の装いをすることになった。つまり俺は今、金属でできた鎧で身を固めている真っ最中なのだ。
とは言え、もう手順としては最後の、籠手をはめる所を残してほぼ全て終わっていた。間も無く奴との戦闘が始まる。そう思うと居ても立ってもいられなかった。嫌らしい笑みを浮かべ、力無き者を虐げる傭兵団の頭をこの手で下して俺の力を証明する。
その舞台が闘技場とは、なんとも皮肉めいた物だ。百獣の王たる獅子と相対するは
王であることの証として、王冠だけは頭に載せて吊り上げられた堅牢な鉄格子をくぐって場内へと入る。観客は俺を待ちかねていたようで、入場した途端に割れんばかりの歓声が場内を包んだ。その声量に半ば驚きつつも周囲を見渡す。何列もの客席が同心円状に広がっており、そこに空席は見られなかった。様々な人種、いや獣種の観衆は俺と奴の戦いを見るのでは無く、俺が無様にも地面に這いつくばる姿を見たいが為にここにいるのだろう。
そんな姿は絶対に晒さない。入り口の真正面、一番前の席に座り、どことなく不安げな顔をしているレリフ達の為にも。静かに決意を固めて視線を落とすと、腕組みをして待っていたライオールが憎たらしい顔をしながら言い放つ。
「よく逃げずにここまで来たな。引き返すならここが最後だぜ?」
「引き返す?もう引き返せないところまです進んでしまったんでな。悪いが、お前を薙ぎ倒してでも進ませてもらう」
魔界で王として認められなければ俺に待っているのは死だけだ。人間界へと送還され、罪人として処刑されるのが関の山だろう。だからこそ、この戦い――いや、これからの戦い全てに於いて負けることは許されない。この戦い、全力を持って叩き潰したい所ではあるが奴等に力を認めさせるには覚えたての攻撃魔法を使わないという条件がつく。
意表を突くために、今の今まで隠してきた力を使った。だから今の勝負は認めない、とでも言って試合自体を無効にでもしてくるだろう。そのためにも、相手の得意分野である接近戦で奴を負かす必要が有るのだ。そうすれば流石の奴も負けを認めざるを得ない上、言いがかりもつけられない。
思考を巡らせ終わると、腰に据えていた長剣を鞘ごとライオールの前へ投げ捨てる。これで俺の武器は無くなったかのように見えた。自殺行為とも見えるその行為に、奴は眉をひそめる。
「……てめぇ、なんの真似だ?」
その言葉には答えず、挑発の為に指一本で手招きならぬ指招きをすると、思惑通り、ライオールは青筋を立てて激昂する。威嚇の為か、それとも押さえきれない怒りの為か、ひとしきり唸りを上げるとそのまま突進を繰り出す為に姿勢を低くする。それと同時に、奴の背後に隠すように召喚された獅子が飛び出して来た。時間差で自身も姿勢を低くして突撃の準備をしているようだった。
恐らく、先行した獅子の対処に手間取っている所を自分で仕留めようとしているのだろう。ならば、獅子を手間取らずに処理すればいいだけだ。大口を開けて、俺の喉笛を噛み千切ろうと飛びかかる獅子の鼻っ面を思いっきり、
200kgを超える巨体は飛びかかる際の速度を優に越えて反転し、ライオールへと一直線に向かう。そのことに奴も気づいたのか、突進の構えを解いて右手で弾き、軌道を変えて事なきを得た。獅子はすさまじい勢いで壁に叩きつけられ、数回の短い痙攣の後は、身動ぎ一つしなくなった。
一連の攻防に、観客達の歓声は一瞬止む。その後、先程よりも一際声量を増してある一言だけが繰り返された。
「殺れ!」「殺れ!」「殺れ!」
その熱狂の中、目の前の男だけは口を閉じてこちらを睨み付けていた。相手の出方に合わせようと一挙手一投足を観察していると、突如口を開いて俺に言葉を浴びせかける。
「なかなかやるな……。だが、てめぇの拳は大丈夫じゃ無さそうだぜ?そんなんで俺の事を殴れんのか?え?」
その言葉を受けて右手を見てみると衝撃に耐えられなかったのか、籠手はひしゃげて隙間から血が流れ出していた。その事実を認知してから初めて痛みが走る。恐らく指の骨が何本か折れているだろう。回復魔法で治せるとは言え、殴っては治し、殴っては治しでは今一つ決定打に欠ける。俺が治療に時間を使うということは、奴にも同じく治療の為に使える時間を与えると言うことなのだから。
だとしたら、解決方法は一つしか無いだろう。王冠を変化させ、『俺の力で殴っても壊れない籠手』を作り出せばいいのだ。頭に載せた冠を今なお出血している右手で掴む。そのまま胸の辺りまで持ってくると、まだ壊れていない左籠手を参考に見よう見まねで変化させた。
王冠は溶けるようにその姿を変え、俺の右腕を包み込む。そして、数秒もしないうちに籠手と呼べる代物へと変化した。赤黒く光沢を放つ籠手の甲には、王冠と同じ菱形の
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