【勇者Side】封印の解き方

 心臓を一突きされた勇者ヒストの手から聖剣が地面に落ちるまでの間に、金色の装飾を施した甲冑は彼の腹に蹴りを入れて深々と突き刺さったレイピアを引き抜きます。仰向けに倒れた勇者は、何が起こったか分からないのか呆然と自分の胸元を覗き込んでいました。金属製の鎧に開けられた穴からジワジワと滲み出て来る鮮血を見て、ようやく自分が致命傷を受けた事を理解したのか、彼は大きく口を開けて叫ぼうとしていました。


 ですが、何時まで経っても彼の口から叫び声は飛び出しません。彼が口を開けた瞬間に、甲冑はその喉元へとレイピアを再度突き刺した為です。首に空いた穴からは、おびただしい量の血と共にゴボゴボと音を立てて空気が漏れ出るだけでした。心臓と首、二ヶ所に致命傷を受けた勇者はひとしきり口を動かした後、事切れました。


 甲冑はその一連の流れを見届けるとレイピアについた血を落とす為にそれを右へと振り払います。すると、恐怖のあまりへたり込んでいた私の目の前に勇者の血が撒き散らされました。その光景は既に戦意を喪失していた私を更に縮み上がらせるには十分なものでした。


 殺される。そう思うと前を見据えることもできず、首を差し出すかのように項垂れるしかありませんでした。床しか写らない視界に、私の前にまで移動した甲冑の足元が映ります。私はこれから来るだろう痛みと恐怖に目をつぶり、震えているだけしか出来ませんでしたが、そのまましばらく経っても何も起きないことを不思議に思い、目を開けて頭上を仰ぐと、ちょうど甲冑がレイピアを腰に納める所でした。


「フン、他愛無いな。勇者一行がこれでは話にならないではないか。だが、勇者と魔王の対決はが一刻も早く望んでいるもの。ここで貴様を殺してしまっては実現が難しくなる……か」


 そう呟くように一人ごちる彼女の足元には、転移魔法の陣が光を放っていました。私は彼女が行ってしまう前に訊きたいことを投げ掛けます。


「待って!魔界のオーブはここに有るの!?答えて!」

「そんな実力で魔界に行くつもりか?わざわざ死にに行く者共に教えることなぞ何も無い……と言いたい所だが我が主のご意向だ。教えてやろう。オーブなぞ無くとも強大な魔力さえあれば封印に干渉し無理矢理にでも解くことは出来る。そこで伸びているレイノール家の者ならば十分可能だろう。つまり、貴様らがここに居ること自体、全くの骨折り損という訳だ。いや、勇者に限っては殺され損とでも言うべきか」


 くっくっと笑いながら、彼女はそのまま転移していきました。最後にエルトさんの事を指す、侮辱ともとれる言葉を残して。


「それにしても、レイノール家も墜ちたものだ。これほどにもちっぽけな魔力量になってしまうとは。断絶の時も近いか……」


 少しだけ憂いを帯びたその声の真意を探ろうとしましたが、後ろから聞こえるロズさんが呻く声で彼女の治療がまだだった事を思いだし、急いで回復魔法を掛けて傷を癒します。数分もすると、未だに痛むのでしょうか、顔を軽くしかめながらも立ち上がるまでに回復しました。


 そんなロズさんは周囲を見渡して今の状況を確認すると、とある提案をしてきます。


「こんな状態でも復活できるか分からねぇが、でけぇ街へと転移して教会へ担ぎ込もう。勇者の野郎が自分で言ってたんだ。『俺は魔王以外には殺されない』ってな」

「そう……ですね。あの甲冑の口ぶりからして、彼女は魔王では無さそうでしたし……一縷の望みにかけてみましょう」

「にしても……あんな強ぇ甲冑が二体も居たんじゃカテラの手紙にあった甲冑がどっちのことか分かりゃしねぇな」


 そう言われてハッとします。あの二体は強さこそ同程度でしたが、明確な違いがありました。私たちへ直接危害を加えるか、そうでないかです。比較的シンプルな方は勇者のみを狙っていましたが、今しがた相対したのは『邪魔をするなら貴様らも殺す』と言わんばかりに私たちにもその刃を向けて来ました。そうなると、もしかしたらカテラは先程の彼女に追われて……そして……。


 悪い方向へと向かう想像を、ロズさんの声が遮ります。


「しっかりしろ、アリシア嬢。どうせ奴の事だ、どうにかして約束の魔王城までたどり着くだろうよ。それこそ這ってでもな。だから、オレ達も行かねぇといけねぇ、何としてでもな」

「……そうですね。では先ずは勇者を復活させましょう。フェレール王国に戻って、教会の本部へと運びましょう。あそこ以上に神のご加護を受けられる所はありませんし」

「そうと決まりゃこんな陰気くせぇ所からさっさとオサラバするか。……っと、その前にエルト嬢を起こさねぇと」

「でしたら、私が起こしますのでロズさんは勇者を担いで下さい。教会に直接転移しますが運んでいただけると助かります」


 分かった、とロズさんの返事を背中に受けながら、気絶しているエルトさんへと駆け寄ります。まるで自室で寝ているかのように安らかなその顔を見た途端、先程の意味深な言葉が頭に反響しますが、遂にその意味が分かる事はありませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る