【勇者Side】アルテマ
戦闘体勢を取る俺たちとは打って変わって、アルテマは実に緩慢な動作で棺の縁に手をかける。休日の朝、ベッドから起き上がるように、今にも欠伸でもするのではないかと思うような速度で棺から出ようとしていた。俺はその動作自体が俺を誘う罠だと思い、右手で聖剣を構えつつ、仲間達を左手で制して彼女がこちらを向くまでは仕掛けなかった。
ガシャガシャと鎧が擦れ合う音を立てながらやっとのことで起き上がった彼女は、腰に携えた細剣を抜く前に、俺へと語りかけて来た。
「絶好の機会だというのに奇襲を掛けないとは、貴様は阿呆か?」
「お前程の手練れがそんなミスをしないだろうと思ってな。どうせ罠だろう?」
「ふっ、どうだかな」
変わらない毒舌に辟易していると、左で大剣を両手で構えたロズが、視線は前方に向けたまま俺に疑問をぶつけてきた。
「おい勇者、知り合いか?」
「……微妙なラインだ」
「なら質問を変える。……敵か?」
「……それも微妙だ」
「何だよソレ」
「一つ言えることは、俺とほぼ互角といえる程強いってことだ」
俺の言葉にへぇ、とだけ答えたロズはそれきり押し黙る。それと同時に、剣を握る手に力を籠めたのか、革の籠手と剣の握りが擦れてギリッと小さく音を立てた。俺達にその気があることを察知したのか、相対する彼女も腰の細剣を引き抜き、挑発めいた言葉を投げ掛けて来た。
「貴様と互角…か。フッ、この私も舐められたものだな」
「聖剣を手にする前の俺とは違う。それに、仲間達の助力も有るからな。引いた方が身のためだぞ?」
俺の返答を聞いた彼女の声には、僅かながら怒気が滲み出していた。
「ほう?そこまで語るのであれば、見せて貰おうでは無いか、貴様の本気と言う物を、な!」
彼女はそう言い切ると同時に踏み込もうとするが、俺とロズの間から放たれた稲光を弾くためにその足が止まる。雷光の主は言うまでもなくエルトの物だった。たったの一瞬ではあるが出来た隙に支援魔法が俺にかかり体に力が漲ってくる。彼女の足が止まっている間に速攻を仕掛けようと踏み込みながら切り払うも、悠々と細剣で受け止められてしまう。
力で押して勝てる相手ではないことはあの時さんざん剣を交えた為分かっていた。だが、今俺が踏み込んだのは足止めを目的としたもので、その目的は果たせていた。魔法と剣による二度の足止めにより、ロズがアルテマの背後に回る時間は稼げていた。それと同時にエルトの二発目の準備も整った。
アルテマが魔法を弾くことが出来るとしても、それは細剣を用いないと出来ない芸当であるはずだ。それならば、一本の剣では対応不可能な範囲まで攻撃に幅を持たせてやればいい。背後からロズの大剣を、両サイドからは俺とエルトの魔法を同時にぶつけることでどれかは必ず喰らうという目論みだった。
いける―――そう実感した時だった。突如彼女は跳躍し、俺たちの視界から消える。反射的に目線を上にやると、天井を足蹴にしてエルトの頭上を飛び越えて背後へ回るアルテマの姿が目に入る。危険を伝えるため
弾かれるように飛び出し、眼前の甲冑を袈裟斬りにしようとするも、先程の切り払いと同じく易々と防がれてしまう。ただし、この袈裟斬りは先程までの攻撃と同じく、足止めが目的のものだった。まっすぐ甲冑を見据えたまま、残ったアリシアに指示を送る。
「アリシア!二人の治療を頼む!」
「わ、分かりました!」
命令は飛ばした。後は治療をする彼女を何がなんでも守り抜くだけだ。アリシアが落とされてしまったら勝ち目はなくなってしまう。ここが踏ん張り所だ―――そう自分に喝を入れながら、目の前の相手から教わった変身魔法でさらに身体能力を向上させた。
――――――――
勇者ヒストから受けた命令に応えるため、私は近くで倒れているエルトさんへと近寄り、傷の具合を確認しました。先ずは直接打撃を受けた首の背後を診ようと触診しますが、どうやら骨は折れてないようです。左手首で採った脈も安定している為、気絶しているだけのようでした。
「ヒストさん!エルトさんは無事です!」
甲冑と鍔迫り合いをしている勇者に結果を報告しますが、答える余裕も無いのか、彼からの返事は有りませんでした。ロズさんのもとへ駆け寄り、エルトさんと同じく傷を診ます。蹴りを受けた腹部と、壁に叩きつけられた後頭部と背中を確認すると、腹部に関しては骨は折れておらず、内蔵へのダメージだけでしたが、叩きつけられた衝撃で肋骨が数本、根本から折れている状態でした。気絶していることが何よりの幸いでしょうか、この状態では、痛みで動くこともままならないでしょうから。
傷の具合も確認できた為、早速治療に取りかかろうとしていた時でした。突如、甲高い金属音が鳴り響きます。その音は、勇者と甲冑の均衡状態が破られた事を示していました。その音に振り返ると、血塗られたレイピアが背中から飛び出した、勇者ヒストが聖剣を取り落とす所でした。
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