【勇者Side】ピラミッド

 ――時を同じくして、勇者一行はレンデュールから南下し、ピラミッドとの間に流れる大河にかかる桟橋にて渡りの船の準備が終わるのを待っていた。


 腕を組み、何時まで待たせるんだと言わんばかりに足でリズムをとっている勇者をよそに、エルト嬢とアリシア嬢から繰り出される数々の疑問に答えていた。


「あの、ロズさん。こんなに近くに川があるのなら、そこから生活用水をくみ上げればよろしいのではないでしょうか?それとも、それができない理由があるんですか?」

「ああ。宗教観の理由で出来ねぇのよ。昨日レンデュールの街をじっくり見せられてねぇから分からないと思うが、あの街には墓地がねぇ。じゃあどこで弔うかってぇとこの川の先にある集合墓地だ。ピラミッドもそこにあるように、この川の向こうは死者の土地。だから、オレ達の今いる生者の地と向こうを隔てているこの川の水は飲むことも、浴びることも許されてねぇ」


 オレの回答を聞いたアリシア嬢は、おっかなびっくりという様子でさらなる疑問をぶつけてくる。


「もし……飲んだ場合はどうなるのでしょうか……」

「実際に飲んだヤツがどうなったかは分からねぇ。何しろオレ達はこの教えをずっと守ってきたからな。ただ、言い伝えによると、一口飲んだだけで倒れ、七日後に亡者として永遠にこの世をさまようようになるとか」


 ゾッとした様子で口を噤むアリシア嬢に変わり、エルト嬢が別の質問を投げかけてきた。


「アリシア先輩がこんな状態になってしまったので私からは別の質問を。砂漠の国の皆さん、特にフラウ王女様はロズさんの事を「ロズ様」と呼んでましたけど、何がどうしてそうなったのですか?」

「ん?ああ、そのことか。十年前、オレが12歳の時に魔物が大挙して押し寄せたことがあってな。そん時に一番魔物をぶった切ったのが俺。結果的に怪我人こそ居たものの、死者は無かったもんだから祀り上げられてな。チヤホヤされるのがこそばゆかったからのとオレの腕がどこまで通用するか知りたかったから一人旅に出たって訳よ」


 まぁ、そんなこと言って砂漠越えで死にかけたんだがな、と笑うとアリシア嬢も釣られて笑う。エルト嬢は微笑みながら納得したように頷いていた。


 それからすぐに船の準備が整い、俺達を乗せた船は死者の地へと渡る。向こう岸に着くと、帰りはアリシア嬢の魔法で帰るからすぐに帰って構わないと漕ぎ手の二人に伝える。すると、彼らは深々とお辞儀をしてから帰っていった。それを見届けると、先ほどよりかは落ち着いた様子――それでも少しイラついた様子ではある――の勇者を先頭に、ピラミッドへと進み始めた。


 出発した時はまだ低い位置にあった太陽が真上に差し掛かった時、ようやくピラミッドの内部へと入ることが出来た。砂埃と日差しの心配がなくなったため羽織っていた外套をバッグへとしまい、戦闘準備を整える。まだ入口とは言え、ここはピラミッドである。盗掘防止の罠、オーブを守るために住み着いた魔物。命の危険は今まで踏破してきたどのダンジョンよりも高いと言える。その空気を読み取ったのか、オレ以外の3人も気を引き締めていた。


「ここを踏破したらいよいよもって魔界へ渡れる。気を引き締めていこう」


 勇者の一声で地下へと続く階段を下って行った。


 ――――――――


 入ってから一時間程経っただろうか。今までの道のりは順調そのものだった。出てくる魔物は聖剣を持った俺の敵ではなく、一振りで終わらないことの方が少なかった。それでも二振りすれば俺の前に立ちはだかる者は居なかった。戦闘は俺に任せ、アリシアとエルトは俺の後ろで罠への警戒、ロズは最後尾で後方からの奇襲を警戒していた。戦闘や罠での消耗もなく、このまま行けば無傷でここのボスまで辿り着けるだろう。


 問題は、ピラミッドの複雑な構造に迷ってしまう事だった。地下という事もあり、窓は一切ない。見渡す限り石造りの壁は変化がなく、先ほど通った道なのか分からなくさせていた。唯一目印になる物と言えば、壁に備え付けれらた金属の燭台だった。どういう訳だか分からないが、その燭台に『灯の魔法』を放つと灯りがそこに留まる作りになっていた。その為見つけては灯りを灯し、まだ付いていない燭台を探すという作業をしていた。


 そんな地道な作業にも飽き飽きしてきた頃、やっと最深部へと下る階段を発見した。今までの道幅とは倍以上ある階段の壁には、先ほどまでに飽きるほど見てきた燭台が1メートル間隔で並んでいた。階段を下り始めると、すれ違った燭台には自ずと灯りが灯される。15個目のそれに灯りが灯ると同時に、目の前の石造りの扉は振動と共に徐々に左右へと開いて行った。その厚さは伸ばした腕と同じ位あり、この先に安置されている物がいかに重要な物なのかを物語っていた。


 扉が完全に開ききったことを確認し、広々とした玄室へと足を踏みいれる。その中央には誰かの亡骸が収められているであろう棺が横たわり、それ以外に副葬品などは見当たらない、何とも殺風景な部屋だった。この規模の墓を作れる者がここに眠っているのであれば、副葬品の一つや二つはあるはずだ。つまり、このピラミッドは古代の権力者が眠っているわけではなく、オーブという宝を守るために建てられたものなのだろう。


 俺の思考は突如起きた目の前の現象によって遮られた。棺の蓋が天井へと叩きつけられるように宙を舞う。砕けた蓋から目線を外して床へ戻すと、部屋の中央では甲冑に包まれた足が天へと伸びていた。


「全員、戦闘準備!」


 思わず号令の一声に力が入る。あの足には見覚えがあった。俺を幾度となくうち負かしてきた奴の物ではない。今、全力で握っている聖剣を手にする日に相まみえ、そして俺へと助言をした、『アルテマ』の物だった。




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