『団長』

 ニール家で一晩泊めてもらった翌朝、俺とレリフはニール家の使用人――俺たちを迎え入れてくれた老人だ――の操る馬車で『団長』が待つ城へと向かっていた。今乗っている馬車は昨日乗っていた荷馬車ではなく、人を乗せることを目的として作られた物である。6人は座れる革製の座席の左奥、進行方向を向いて腰掛けながら、ガラス越しに外の風景を漫然と眺めていた。逆側にはレリフが俺と同じ向きで座り、右手で頬杖をついて外を眺めていた。彼女は昨日までのローブ姿とは違い、丈の長い純白のドレスを着て、頭の上には王冠ではなくティアラを載せていた。その姿は魔王ではなくむしろそれに攫われた姫のようだった。


 恐らく、今から会いに行く奴等に『我は王から下りた』と暗に示す為だろう。彼女の様子を窺う為に右へと移動させた視線は、少し空いた窓から入ってきた通行人の言葉で再び外へと引き戻される。


「お、『会長』の馬車じゃねぇか。ただの人間風情がいい暮らししてんなぁオイ」

「止めとけって、この方向だと行き先はライオール団長の所だろ?俺たちがこんなことしなくても痛い目に合うだろ」

「それもそうだな!ははははは!」


 声の主は傭兵らしき獣人二人だった。わざとこちらに聞こえるほどの声量で嫌味と下卑た笑いを投げ掛けてくる。こちらの気分が悪くなる前にピシャリと窓とカーテンを閉めた。


 それから程無くして、目的地に着いた俺達は馬車から降りる。すると、御者席に座っていた使用人から声がかかる。


「行ってらっしゃいませ。カテラ陛下、レリフ様。どうか、お気をつけて……」

「ありがとう。行ってくるよ」


 心配そうな目線を背中に受けて、俺はレリフと共に城へ向けて歩き始めた。前方にそびえる城は、魔王城に瓜二つだった。違いを二つ挙げるとすれば、レンガの赤で構成されている事と、甲冑に身を包んだ守衛がいること位だろう。早速、扉の側に控えている二人の守衛が俺達の身分を確認しようとするが、先んじてレリフが名乗る。


「第13代魔王、レリフ・ダウィーネじゃ。そしてこっちが―――」

「第14代魔王、カテラ・フェンドール。ライオールに用がある。通してくれるか?」

「レ、レリフ様!?それにカテラ陛下まで!!これは大変失礼しました!おい、すぐに御通ししろ!」


 慌てて姿勢を正し、敬礼をする守衛達の間を通って城の中へ入る。内装も外と同じく、レンガの赤が目立つ意匠だ。しかし、外とは違う事が一つだけあった。それは、廊下を行き来している者の服装である。外に居た守衛は、甲冑を身に付けていたが、中にいる者は革や鉄製の鎧を身につけている。それも手入れはされているが至るところに傷が目立ち、数々の戦いを経ている事が窺えた。同時にそれらの主も顔や手に切り傷が絶えず、その眼光は鋭かった。十中八九、傭兵上がり――いや、傭兵そのものだろう。


 そんな彼らが行き来する廊下を、守衛に連れられて歩く。傭兵たちとすれ違うと、背後で忍び笑いが起こることが何度かあった。内容を聞かずとも、俺の噂関係であることは用意に想像できた。


 背後から聞こえる忍び笑いに耐えかねて苛立ち始めた頃、王座のある広間へ通された。どことなく魔王城の面影を残すこの城だが、この広間だけは殆ど別物であった。


 まず、足元には真っ赤な絨毯が敷かれており、入り口から王座まで真っ直ぐと続いている。その王座の下敷きとなっているのは虎革だろうか。壁にはこれまで倒して来たのだろう、数々の猛獣の頭部の剥製が所狭しと並んでいる。王座の背後には傭兵団の団旗だろうか、これまた赤地に剣と鉤爪を交差させた黒い紋様が刺繍された旗が飾られていた。その下では、王座に一人の男がふんぞり返っていた。


 その男に対する第一印象は、獅子と人の合の子といったものだった。上半身には衣類を着けていないがその体にはゴワゴワとした栗色の体毛が生え、その機能を果たしていた。腕も同じく人のそれよりも獅子のものに近く、物を掴むよりも引き裂くことに特化した形状になっていた。首には焦げ茶色の鬣がこれまた何層にも生えており、致命傷を避ける役割を持っているようだった。


 彼は俺達の事を一瞥すると、ニヤリとその口角を上げる。必然的に整然と並んだ鋭い牙達が顔を覗かせた。その様子をそのまま眺めていると、ふとつまらなさそうな顔をして悪態を吐いた。


「ケッ、流石に牙位じゃビビンねぇか。俺がライオールだ。よろしくな


 彼は悪びれることなく俺を呼び捨てにする。正直言って今までの心無い歓迎で俺の我慢は限界に達しようとしていた。罵声が喉元まで出掛かっていたが、レリフが俺を右手で制して彼を諭した。


「久しぶりじゃなライオール。その不遜な態度は相変わらずじゃの」

「誰かと思えばレリフじゃねぇか。言っておくが魔王じゃなくなったお前から指図を受ける気はねぇぜ」

「ならば、魔王であるこやつの言うことは聞くんじゃな?」


 彼女はライオールを見据えたまま、今もなお俺を制している右手を返し、その親指で俺を差す。


「ハッ!笑わせるぜ。どうせ名ばかりの魔王だろうが。ネタは割れてるぜぇ?魔力はあるが攻撃魔法が使えない半端モンだってよ!そんなヤツが俺やレリフよりも腕が立つとは思えねぇな」

「なら、俺がお前よりも強いって事を証明すればいいんだな?」


 俺の言葉に、彼は眉を吊り上げて返す。


「今度のは笑えねぇ冗談だな。攻撃魔法が使えないお前が、全盛期のレリフと渡り合った俺よりも強い?寝言は寝てから言いやがれ」

「全盛期がどれくらいかは分からないが、今のこいつなら十分御せる」


 その言葉に彼女からの返事はない。つまらなさそうに俺達のやり取りを見ていた。だが、ライオールは俺の挑発にやすやすと乗ってきた。


「面白ぇ。ならその腕前、見せて貰おうか!ここじゃなく、闘技場リングでなぁ!」


 こうして、俺の腕前を証明する機会と、彼へ灸を据える機会が一挙に到来した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る