『会長』
ニールに連れられてきた小城――正確には彼女の生家である――の一室にて、俺は豪勢な食事が乘ったテーブルを前にして姿勢を正していた。女性陣だけを集めた隣室からは時折笑い声が聞こえ、楽しげな雰囲気が伝わってくる。隣室とは異なり、俺の居る一室は張り詰めたような空気が漂っていた。そんな中、目の前の男が突如口を開く。
「えー、まずは祝いの言葉から。御就任おめでとうございますカテラ陛下。ニールから伺っていると思いますが私がこの町の『会長』、クラウス・ネールです。以後お見知りおきを」
クラウスと名乗った、ニールの父親に対する印象は、そこいらに居る男というものだった。中肉中背で男にしては長めの黒髪に暗い茶の瞳の中年。外に出る機会が余り無いのだろうか、その肌はやや白く、歴戦の兵士や傭兵のように至るところに傷があるわけでも無かった。ましてや耳が尖っている訳でも、獣耳や竜の角が生えている訳でも無い。詰まるところ、外見は人間界に居る人間そのものだった。
「よろしくお願いします、クラウスさん。まずはお礼を言わせてください。急なお願いにも関わらずこうして泊めていただいてありがとうございます。さすがにこのメンバーで普通の宿に止まれば騒ぎになることは目に見えてましたから」
「二日ほど前でしょうか、初めて『カテラ殿を連れてくる』とニールが言い出した時はどうなることかと思いました。それから大急ぎで用意したものですから至らない点もあるかと思いますがご容赦頂けると幸いです」
言葉を切ったクラウスが穏和な笑みを浮かべると共に部屋の空気は幾らか和らいだ。緊張が解れたのか、それとも目の前の御馳走に耐えられなくなったのか、腹の虫が騒ぎ立てる。それを聞いた彼は『そろそろ食べ始めましょうか』と、こんがりと焼き上がったパンに手をつけ始めた。俺もそれに倣い、目の前で湯気を立てている黄色いポタージュを掬って口へと運ぶ。
その後はゆるゆると食事をしながら、好物の話や酒の話など、他愛もない事を口にしながら腹を満たしていく。そうして腹八分目に差し掛かった辺りで、俺は今まさにステーキの最後の一切れを頬張っている彼に聞きたかったことを改めて口にした。
「クラウスさん、ニールさんからここ最近の情勢は『団長』の独裁政治に近いと聞きました。単刀直入に伺いますが、彼はどのような人物ですか?」
彼はその疑問を聞いた途端、咀嚼する口をはた、と止めて軽く目を見開いていた。それも束の間、早々に肉を飲み込むと備えてあったナプキンで口元を軽く拭ってから口を開く。
「流石ですな……。私がお願いしたいことを見抜いていらしたとは……。一言で言えば粗暴、ですかな。なにかと力を誇示したがり、最近は非力な者を虐げる言動が目立ちますね。魔法が使えない、ただの人間である私も会長の座に就いていなければ今頃は追い出されていたか土の下で眠っていたことでしょう。どうかお願いです陛下。あの暴君を何とかしていただけないでしょうか……。私に出来る事ならば何でも致します!」
頭を下げて懇願する彼に、俺は肯定の意を伝える。ただし条件付きで。
「頼まれるまでもありません。彼の話を聞いた時から灸を据えなければと思っていましたから。ただし、一つだけ聞きたいことがあります。貴方は何故、どうやって魔界へとやってきたのですか?一般的な人間であれば魔界になぞ用は無いはず。それに、人間界と行き来できる大魔法陣はオーブによって魔界からの一方通行になっています。それ以外にもこっちへ来れる方法があるのかお聞きしたい」
「なんてことない話ですよ。あれは30年ほど前でしたかな、人間界でも商人をしていた私は、大きな失敗をしてしまいましてね……。その日暮らしをしていたらある時妻が転移魔法で連れてきてくれたという訳です。彼女が言うには金銭的に困っていた際に助けてくれた恩返しだと言っておりましたが、彼女には感謝してもしきれないくらいですよ」
惚気話を終え、何故こんなことを聞くのか、と言いたげな顔をした彼をよそに、俺は一人考え込んでいた。
勇者達と対面する日は一刻と近づいてきている。奴らと再会した時絶対に聞かれることがある。それが、どうやって俺が先回りしたのかだ。もし目の前の彼が、俺とは違う方法で渡ってきたのなら、その方法を説明しようとしていたのだが……どうやら前々から考えていた方法を説明するしかなさそうだ。
「それは何とも素晴らしい助け合いでしたね」
「ニールも妻のヨアンナに似て気が利きますので、傍に置けば陛下もお気に召されるかと」
「……一つだけ貴方に頼みたいことがある。自分の頼みを受け入れて貰うために彼女を利用しないで欲しい。俺は本人の意思を尊重したいのでな。彼女が誰と共に生きるのかは彼女自身が決めることで、俺や貴方が口出ししていいはずがない。だから、それだけは守って頂きたい」
「分かり……ました……」
項垂れて、力なく、呟くように返事をする彼に対しすかざすフォローを入れる。
「そんな顔をしないで下さい。気が変わったという訳ではありませんから。約束は果たします。俺は既に貴方達からいろいろな事をして頂きました。お礼はそれで十分なのです。だから、顔を上げてください」
「陛下……何たる寛大なお方でしょうか……」
今にも泣きそうな顔をする彼を宥めつつ、頭の中では『団長にどう灸を据えてやろうか』と考えるのだった。
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