獣人の都市イル

 門番のガロアと話した後のこと、俺とレリフは馬車に再度乗り込み、今夜泊まる所まで揺られていた。何故徒歩では無く馬車での移動なのかと言うと、レリフが来たと分かれば市民がざわついてしまうからである。ただでさえ外からはその事についての噂話まで聞こえてくるというのに、本人がここに居ると知られたら大騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだった。


「おい聞いたか?この時期になって新しい魔王様が決まったらしいぜ」

「あぁ聞いたぜ。何でもレリフ様とは違って攻撃魔法と空間魔法が使えない人間なんだろ?こう言っちゃ何だが、ほぽ全部の魔法が使えるレリフ様の方がまだお強いんじゃないか?」

「それがよ、魔力だけはべらぼうにデケェらしいぜ。そんでレリフ様は王座を譲ることを決めたとか」


 そんな噂話が左側から聞こえてくる。今いる城塞都市は魔界最大級の都市ともあり道の広さも人間界のそれと比較しても勝るとも劣らない。赤レンガで出来た道の中央は馬車専用となっており、すれ違えるように馬車道の幅は4頭作りの馬車が3台並んでも尚余裕があるほどの幅を誇る。それに加えて徒歩で移動する市民の為にも歩道が整備されている。人間界最大の都市、フェレール王国でもここまでの規模は王城へ続く大通り位である。御者席に座っているニール曰く、この都市には同じくらいの道が数本ほどあるとのことだった。


 ただし、馬車が立ち入りできない道もあるのだという。その理由は道が細いだけではなく、露店を開くために商人が集っている為だ。そこに行けばどんなものでも揃うらしく、時間があれば寄ってみるのもいいかもしれない。もちろん、俺が新しい魔王だという事を知られないように対策は必要ではあるが。


 物思いに耽っていると、バランスを取りながら揺れる車内を前方へと移動するリィンが視界に入る。幌のかかった馬車ではせっかくの街並みが見えない為、景色を楽しむためにニールの隣に座りたいのだろう。俺も続きたいところではあるが、万が一のことを考えて遠慮しておくことにした。その代わりにニールへ城塞都市の地理を説明してもらう。構いませんよ、と快諾してくれた彼女の尻尾は心なしか嬉しそうに揺れていた。


「まずは西は居住地区でして、最西端に長がいらっしゃいます城が建っております。今通っている東側には商人が集う商い地区が、南は収穫した穀物を収容する倉庫群、そして北には――――」


 彼女の説明を遮るかのように、遠くで歓声が上がる。次いで『拡声ラウドネス』で音量を増した、題目を知らせる声が飛び込んできた。


「次の闘技が本日最終戦です!ベットがお済みで無い方は―――」

「とまあ、北には荒くれもの達が集う闘技場がありますの。街中にこんなものがあるのはここだけですわ。なぜ商人の街に闘技場が有るのかと説明しますと……」


 続く彼女の説明を要約するとこうだった。この都市が出来た当初は商人だけしか居なかったが、野性動物の襲撃や盗賊に身を落とした者たちによる襲撃への自衛手段が無く、腕っぷしの強い者が傭兵を買って出た。頭脳に自信がある者は商人に、力自慢の者は傭兵に、そのどちらでも無いものは農耕を担当しここまで発展したのだ。それぞれの職業には長がおり、傭兵団の『団長』、商会の『会長』、広大な農地の『地主』と呼ばれている。


 三つの職業は丁度いいバランスを保っており、先の三人の長が共同してこの城塞都市を治めていたのだが数年前から傭兵達が力を増し、今では半ば『団長』の独裁政治になりつつあるのだという。その為今までは観劇等にも使われていた円形闘技場は専ら傭兵達が自身の力強さをアピールするための場所になっていた。賭け事をしていた先程の声もその一環だろう。


 その話を聞いて少々気が滅入る。一般市民にさえ俺が一部の魔法しか使えないと知られており余りいい顔をされていない。実力主義であろう傭兵団の『団長』であれば、なおさら俺が力不足であることを指摘するだろう。力を示すいい機会が有ると良いのだが。


 ため息を一つこぼそうとした時だった。急にニールがこちらへと振り返り、目的地に着いたことを告げる。促されるままに馬車を降りると、目の前には他の家屋や道路と同じく赤レンガで出来た小城がそびえ立っていた。


「カテラ様、着きましたわ。ここが皆様に本日止まっていただく場所であり、私のお父様、『会長』が住んでおられる家ですわ」


 ニールの語りを耳に入れつつも、目の前の城をつぶさに観察する。見上げた目線の先には尖塔を幾つか持つ屋根があり、壁面には銀色の装飾を施した立派な窓枠が並ぶ。もちろんそこに嵌められているガラスは丁寧に磨かれていた。そして眼前には鉄で縁取られた木製の扉。その横には狐を模した金色のドアノッカーが備え付けられている。ニールはそれを慣れた手つきで三回打ち鳴らす。


 十秒もしないうちに扉が開き、使用人であろう初老の男が顔を出す。その表情は読み取れないように努めていたようだったが仄かに微笑んでいるように見えた。彼は軽くお辞儀をすると俺たちを通す為に後ろ手で扉を押さえて中に入るように促した。


 ニールの父親であるという『会長』との対面に些か緊張しながら言われるがままに中へと一歩踏み出した。

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