【勇者Side】砂漠の国の王女

 南へ向かって真っ直ぐ延びる、4人乗りの馬車が悠々とすれ違える程の幅を持ち、周りの住居と同じ石レンガを敷き詰めて作られた大通りの突き当たりに王族が住む宮殿はある。俺たちは今その宮殿の目の前で衛兵に取り次ぎが出来ないかと頼んでいる最中だった。


「ロズ・エンドだ。ダグラス王と話したいんだが……」

「ロズ様、ご健勝で何よりです!ダグラス王は病に臥せっておりまして……」


 彼女の顔を見るなり背筋を伸ばして右手で敬礼をする二人の衛兵。砂漠という土地柄もあるのだろう、彼らの装備は王都のそれとは異なり、左手の槍を除くとそこら辺を歩いている一般人とそう変わらない。頭には白い布を被せて黒い髪を隠し、体にはこちらも真っ白な一枚の布で出来た、少しゆとりのある長袖の衣装、という出で立ちだ。唯一の差違としては胸元に衛兵であることがわかるように赤い糸で織られた紋章があること位だろう。


 ともかく、その衛兵から告げられた「国王が病に冒されている」という言葉を聴いたロズの顔には疑問が浮かぶ。


「そうか……ダグラス王の容態は?誰か代わりの者はいるのか?」

「容態ははっきりと申し上げますと余り良くないかと……。今はフラウ様が代わりに王座についておられます」

「分かった。ならフラウ王女に会わせてくれないか?勇者がどうしても挨拶をしたいと言っててな……」

「畏まりました。ご案内致します」


 彼女の右手の親指が指し示す先に居る俺を見て納得がいったのか、背後の階段を上り始めた衛兵の背中を追って宮殿へと入る。そのまま待たされること無く王女が待つ広間へ通された。入り口から真っ直ぐ敷かれているのは縁に金の刺繍が施されただけの赤い絨毯。それ以外には装飾が無いにも関わらずこの場に相応しいと思えるのは良質な糸を以て織られたからだろう。


 そして、その絨毯の先にある王座に座っている者こそ、先程話に上がったフラウ王女だろう。豪奢な装飾が施された金色の王座は体格の良い者が座ることを想定されているためか、素朴かつ上質な絹の衣を纏った細身の彼女とは対照的で些かアンバランスな印象を受ける。居住まいを正して座っている彼女はキリッと引き締まった表情をしているが、よくよく見ると俺たちとさほど歳は変わらないどころか、下手をすれば年下だろう。そんな彼女はロズを見たとたんにその表情を変え、載せていた冠を王座に置き、腰まである銀色の髪をたなびかせて彼女へ駆け寄った。


「ロズ様!?お久しぶりです!いつお戻りになられたのですか?」

「昨日の晩だ……です。フラウ様、御変わり無さそうで幸いです」


 つい先程までとは異なり、赤褐色の目を輝かせて嬉しそうに名前を呼ぶ姿は一国を背負う王女の物ではなく、久々に遠方から帰ってきた父親を迎える子供のようだ。今にも土産話をねだってきそうだと考えていたら、本当にそうなった。


「ロズ様ロズ様。また、お土産話を聞かせていただけますか?」

「一つその前に、フラウじょ……失礼。フラウ様ももう王女となって長いのですからオレには様なんて付けなくてもいいだ……でしょう」

「それは違いますわ!いくら私が王女だとしても敬愛すべき方にはその心を伝えるべきですもの。命を救って頂いたあの日から、ずっと貴女には尊敬の念を抱いていましたわ!ロズ様こそその他人行儀な口調を止めて頂けると……」

「わ、分かった。それで、土産話をしたいのはやまやまなんだが、南のピラミッドに行かなきゃいけねぇ。それからでもいいか?」


 ロズがそう答えると、フラウ王女は哀し気な顔をするもロズの言葉でまたその表情は明るくなる。


「チャチャっと行って帰ってくる。明日の今頃には戻れるだろうよ。それまで待ってられるか?」

「ええ。必ず戻ってきてくださいね?必ずですよ?」

「分かった分かった。約束だ」


 そう言って王女の空いた頭を撫でるロズ。「行かないで」と駄々をこねる子供の機嫌と取るようである。そう錯覚するのは、彼女たちの肌が同じ褐色であることと、身長差が結構あるからだろう。そんな彼女たちを見ていると、ロズが思い出したように俺を紹介しようとする。


「そういえば、どうしてもフラウ嬢に挨拶をしたいって奴がいてな、勇者。紹介が遅れたがフラウ王女だ」

「お初にお目にかかります。『フェレール王国から参りました』勇者ヒストと申します」


 俺の自己紹介を受けて、フラウ王女の顔は強張った。言葉の裏にある真意を読み取ったのだろう。彼女の表情は次の瞬間には戻っていたが少し目を伏せているのは見間違いではないはずだ。そのままの表情で、彼女は先ほどまでと同じ口調で挨拶を返す。


「あなたが勇者ヒストですか。噂はかねがね伺っています。ゆっくりお話でも、と思いましたが急いでおられる様子。またの機会に致しましょう」

「ありがとうございます。お誘いいただければお応え致しますので何卒」

「……そんじゃ、行くか」


 適当に返事を返すと、王女の変化に気づいたのかロズが出発を促してくる。俺の『挨拶やりたいこと』は終わったのでその声に従ってピラミッドへ向かうことにした。

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