【勇者Side】砂漠の国での一夜

 あの後、何とかして気力を振り絞り生まれ故郷へ戻ったオレは勇者たちと一緒に宿屋へ直行し、夕飯を食べていた。シュクシュクと言うこの地の郷土料理は、寒暖差の激しい砂漠で生きるために必要な栄養を全て含んでいる。紙のように薄く焼き上げたパンを皿からはみ出すように円状に敷き詰め、その中央に小山の様に盛られた赤いシチュー然の物――ラム肉と野菜、豆類をスパイスを利かせたソースで煮込んだヤツだ――を載せて食べる。オレは久々の故郷の味に舌鼓を打っていた。アリシア嬢やエルト嬢も同様に一心不乱に食べていた。


 差し渡しが顔くらいある大皿を5つ空けた所でオレは胡坐をかいていた足を崩し、そのまま床に寝そべった。材木が少ないこの地域では家具の類は石を切り出したもので作ることが多く、もっぱらテーブルなどは無い。一般的な家屋で木を使うところと言えば、窓から吹き込む砂嵐を塞ぐための板位だ。その為、オレ達は赤い絨毯の上で座って食事をとっていた。


 見上げた茶色の土で出来た天井には俺が持っていた魔法のランタン――カテラが発明した魔法が使えない奴でも『灯の魔法』が使えるってシロモノ――が吊り下げられており、柔らかな魔法の灯りが室内を照らしていた。砂埃が入ってきてしまう為建物には閉められる窓しか無く、入り口から居住空間まではジグザグと波打つように作られた廊下を経ないといけないという些か面倒な造りである。


 部屋の中では暫くの間、オレを除いた三人の咀嚼音しかしなかったため満腹になったオレは疲労も相まって夢の世界へ引きずり込まれそうになっていた。そんなオレを現実世界へすんでのところで引き戻したのは対面に居る勇者の野郎からの呼びかけだった。


「それで、これからどうするんだ?俺としては一刻も早くここの国王と顔を合わせておきたいんだが……」

「そりゃ無理だな。この時間だ、王様は宮殿で高いびきをかいて寝てるだろうし、オレ達も疲れてるから寝た方がいいだろうよ」


 そう言いながら腹筋の力だけで起き上がると、右手にいるエルト嬢が半分ほど残っている大皿を前にしてこっくりこっくりと船を漕いでいた。アリシア嬢も対面に座っている彼女へ目線を向けてはいたがその目は遠く、意識が飛びかけているのは一目で分かった。


「な?」

「……そうだな。とりあえず俺はもう一つの部屋で寝るよ。二人を頼めるか?」

「任しときな。そんじゃまた明日」


 別の部屋に消えていった勇者の背中を見届けて、二人を起こす。


「ほれ、寝るなら片付けてから寝るこった。寝返り打って皿割っちまったら宿屋のおやっさんにどやされるぞ」


 言葉にならない声を上げて抗議する二人を石造りのベッド――そのままでは固すぎるので絨毯を存分に敷き詰めてある――に寝かせ、残ったシュクシュクを腹へと無理矢理詰め込んだ。そして、ランタンのスイッチを切って今度こそ夢の世界へ旅立った。


 ――――――――


 翌日、薄暗い部屋のなかで目を覚ました俺は隣の部屋で寝ている女子三人が起きるまで横になったまま考え事をしていた。神託を受け、勇者となってから眠りは浅く、ふとしたことで起きてしまう。こんな状態では夢を見ることなど到底不可能になったが、代わりに夢を叶えられる力を授かった。


 今している考え事もその夢に関する物で、この旅の今後についてと、終わった後の事だった。この後王宮に赴き、レンデュール国王に『挨拶』したら直ぐにピラミッドへ向かい魔界のオーブを手に入れる。そして魔界へ向かいつつ、道沿いにある国へ挨拶周りをして世界を救う。たったのそれだけで俺の今後は安泰だ。人間界の規模からして後十日もしない内に大国の王となる権利が得られるのだ。


 名声と権力。それこそ俺が渇望して止まないもの。この二つさえあれば何だって出来る。俺が『黒だ』と言えば白い物も黒くなり、命令すれば万人がその通り動く。


 旅の果てにそれが待っているとなると、いても立ってもいられなかった。横たえた体を起こすと、ちょうどロズが部屋の入り口から顔を出す。


「よう、起きたか。飯食って早く出ようぜ」

「ああ。もう全員起きてるのか?」


 その返事を苦笑で返す彼女を見るに、まだまだ出発は出来ないだろう。その間にここの地理を頭に入れておくとしよう。目の前の彼女に頼んで、色々と説明してもらう事にした。


「どっから話すかねぇ……。まず建築様式から話すか。見ての通り土と干し草を練った物を天日干しにした石レンガで家を作ってる。次に――」


 彼女の講義を聞いていると話し声で起きてきた後衛組二人を交えて朝食を採る。

 ポーチドエッグを甘辛く煮込んだスディエという郷土料理を平らげ、デザートとして出てきたラクダの乳で出来たヨーグルトを腹に納めて外に出た。


 砂漠の茶色と石レンガの茶色。その中で異彩を放つは大理石でできているであろう白。権力をこれでもかと誇示しているその王宮に向けて俺たちは歩きだした。

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