【勇者Side】砂漠の国 レンデュール

 太陽が中天よりも少しばかり西へ傾き、一番熱いとされる時間帯を過ぎた頃。一時間ほど前に村を経った俺達4人は消耗を避けるために無言で南へと歩みを進めていた。真っ先に危険を排除するために俺が先頭に立ち、その後ろに後衛の二人、エルトとアリシアが隣り合う。そして最後尾をロズが固めるといった隊形を取っていた。なぜこのような陣形をとっているかと言うと、魔法が使える二人の消耗を押さえる目的があったからだ。


 アリシアの転移魔法テレポートはこれ以上進めなかった時に備えての最後の手として取っておく。エルトの方はというと―――


 彼女の様子を見るために振り向くと、その顔には脂汗が少しばかり滲んでおり、表情もやや苦しげだ。対して俺たち3人は灼熱の砂漠の真っ只中にも関わらず汗一つかいていない。なぜこのようなことになっているかと言うと、エルトが今現在も俺たちに変身魔法をかけているからだった。変身魔法では、姿形だけではなく温度も操れる為、暑さで倒れないようにと彼女がかけてくれたのだ。そのため、彼女がかいている脂汗は暑さによるものではなく魔法を行使するための集中によるものである。


 とはいえ、様子を見るからにこれ以上は逆にエルトが参ってしまうのが先になるだろう。


「エルト、キツいなら止めて貰っても構わないよ。無理して倒れないようにな」

「お気遣いありがとうございます。まだまだ大丈夫ですが、解除するのは熱気のピークを超えてからにしますので」


 そう答える彼女の瞳はいつもの冷えきったものとは違いギラギラとしていた。それはまるで自身の限界に挑戦しているかのようだった。魔力の消耗が激しい変身魔法を4人に掛け続ける、凡百の魔法使いでは到底出来ない芸当をどこまで続けられるのか、彼女自身も気になるのだろう。


 勇者の推察は半分だけ合っていた。実際彼女は自身の限界を測る為に挑戦をしていたが見据える先は違う。


『一時間強、4人に掛け続けて二割五分の消費ですか……。予想以上の気温とは言え消耗が激しいですね……。もし先輩が同じことをしていたなら未だに涼しい顔をしているでしょうが』


 実際に彼がここにいたとしても自身にしか魔法を掛けられない為、彼女の様に4人に掛けて全員の体温を保つという芸当はできないのだが、彼女にはそれを知る由もない。そんな彼女に後ろから声が掛けられる。剣士ロズの物だった。


「暑さのピークとは言うけどよ、誤差みてぇなモンだぜ……。勇者も言ってるが、あんまり無理するんじゃねぇぞ?」

「ええ、分かりました。歩けるだけの余力が残るまでは続けますので」


 それっきり、彼女は集中の為に押し黙ってしまった。そんなエルトをアリシアは心配そうに見つめていた。


 ――――――――


 これで一体何個目の砂丘だろうか。そんなことを考えながら頂上から転げ落ちない様に下を向いて考えていた。あのやり取りから数時間後、橙色の太陽が半分ほど地平線に呑まれたにも関わらず、未だに俺たちはレンデュールへとたどり着けていなかった。エルトの魔力は尽きてしまい、あるがままの熱気を受けての行進は過酷そのものだった。見渡す限りの砂丘という代わり映えしない景色の中では進んでいるかも分からないのに消耗だけはしていく。革袋を満たしていた水は口いっぱいに含めば無くなってしまう程になっていた。


 汗と共に体力気力は流れ落ちていき、俺たちの顔には玉のような汗と共に疲労が浮かんでいた。これから日が落ちることを考えると、日没までにたどり着けないのであれば一旦仕切り直すのも視野に入れなければならない。そう考えていたときだった。ドサリ、となにかが砂の上に落ちるような音で振り返る。見れば、ロズが手にしていた荷物を落とし砂丘の頂上で立ち竦んでいた。


 予想外に、砂漠に一番慣れているであろう彼女が真っ先に音を上げるのか――俺の考えは良い方向で裏切られた。


 彼女は俺たちの進む方向に目を凝らし、なにかを探していた。いくら慣れているとは言え、陽炎に揺らぐ遠景を捉えるのは難しいのだろう。十秒ほどそうしていた彼女は突如嬉々として叫ぶ。


「皆!目的地が見えたぞ!」


 その言葉を受けて進行方向へと振り返るも下り切ってしまった俺の位置からは新たな砂丘が邪魔して見えない。10メートルはあるだろうそれを一気に掛け上がり、先程の彼女の様に目を凝らすとボンヤリと浮かび上がっていた。遅れて到着した後衛組二人も同じように目を凝らし、疲労からくる幻覚ではないことを確かめるように互いにその様子を口にする。


「白い……平らな建物がいくつかありますね……」

「あと、大きな宮殿のようなものも見えますね。右手の方です」


 確かに、とエルトが呟くように同意をすると同時にロズが追い付く。


「砂漠特有の建物だな。オレが言わずとも言い当てるってことはあれは幻じゃねぇわけだ。日没までにはたどり着けるだろうぜ」


 その言葉を受けてわずかばかり回復した気力を奮い立たせ、最後の一踏ん張りをするために再度、進み始めた。

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