それぞれの要求

 魔王城へと食料を運び終えた俺は、大広間に一人、どっかりと王座に腰掛けていた。一箱辺り10kgほどある木箱を持って10往復ほど、計3kmほど運んだのだ、今まで運動とは縁のない生活を送ってきた物がいきなり行う運動ではない。その証拠に両腕は既に筋肉痛になりかけている。だが、それが心地よいことも確かだった。


 天井を見上げながら物思いに耽っていると、大広間の扉が開かれる音がした為そちらに視線を戻す。入ってきた二人は先ほど声を掛けようとしていたドラゴとケルベロスだった。二人は入ってくるなりそれぞれの意見を主張する。


「ご主人!お散歩お散歩!」

「カテラァ、ルウシアとリィンから聞いたぜ?新技編み出したみてェじゃねェか。後でバトろうぜ」

「分かった分かった。まずはケルベロスからでいいか?」


 その言葉に獣人の彼女はブラウンの尻尾を振って期待の度合いを表す。その勢いからして待ちに待ったという彼女の心境が読み取れた。これ以上待たせるのも悪いと思いすぐさま城の外に出るため王座から立ち上がる。


 ケルベロスの先導で、彼女の行きたい所に案内してもらうと、意外にもそれはサタランの城下町だった。誰もいない町を歩きながら理由を聞くと『魔王様に頼まれたから!』と誇らしげに胸を張る。他に行きたい所は無いかと質問すると、しばし考えた後で寂しそうな顔をして呟いた。


「ひさしぶりに、お家に帰りたい……」

「どれくらい帰ってないんだ?」

「十年くらい……?ケルベロスがもっと小さかったころであまりおぼえてない……」

「そうか……。でも心配するな。俺も丁度そこに行こうとしてたんだ。そのときに一緒に行こう」


 そう告げると彼女の顔はみるみるうちに明るくなり、力強くうん!と頷いた。その勢いで魔王城へと駆けていく彼女の背中を見ながら、俺もしばらく帰ってない自宅へ思いを馳せる。だがそれも束の間、俺が付いて来ていないことを不思議に思ったケルベロスからの呼び掛けに答え、第二の自宅とも言える魔王城へと歩みを進めた。


 大広間に戻ると、そこには全員が居た。レリフは俺の居ない隙に偉そうに王座へ座っており、リィンはルウシア、ニールとしゃべっている。そしてドラゴはというと、話の輪に入らず、模擬戦が待ちきれないのかそわそわしていた。そんな彼女は俺の姿を見るや否や催促してきた。


「カテラァ!待ってたぜ!早速バトるぞ!」

「待て待て!先に皆に伝えることがある。これからの予定なんだが――」


 ニールの馬車に乗り、全員で西の城塞都市へ向かう。そう告げようとした時だった。レリフから待ったがかかる。


「お主こそ待たんか。肝心のニールの許可がまだであろう」

「魔王様、私からその話はしておきました。お兄さんの力になれるなら、と快諾されましたよ」

「リィン、ニール。二人ともありがとうな」


 その言葉に、一人は誇らしげな顔で胸を張り、一人は顔を赤らめて尻尾をゆらゆらと振っていた。話が見えないといった顔をするルウシア達三人に、改めて獣の都市に向かうことを告げる。


「ニールが帰る際の馬車へ乗せて貰い、城塞都市イルへ向かう。新しい魔王になったことを告げる為と、俺自身魔界を巡ってみたいからだ。この前の様に、誰かを置いてきぼりにはしない。今回はここにいる全員で行く。俺からは以上だ」


 用件だけを伝えると、その話を初めて聞いた三人が思い思いの言葉を口にする。


「ひっさびさだなァ。せっかくだしいつもとは違ぇ食材でも仕入れるかねェ」

「いつかはこの目で見てみたいと思っていたのですが、こうも早く実現するとは夢にも思いませんでしたわ」

「みんなでお出かけー!やったー!」


 懐に飛び込んできたケルベロスの頭をくしゃしくゃと撫でていると、それをニールが羨ましそうな目で見ていた。その視線に気付き、彼女の方を向くと恥ずかしいのか、消え入りそうな声で俺へ懇願してきた。


「私も……馬車を出すのですから……それなりの対価を頂きませんと……」


 口ではもっともなことを言ってはいるが内心はただ撫でられたいだけだと言うことが一目で分かる。吹っ掛けられるよりかは遥かにマシだが、本当にこんな対価でよいのだろうか。そんな考えを巡らせながらも狐耳の間に手を置こうと右手を伸ばすと、俺よりも少しばかり背が高い彼女は撫でやすい様に屈む。必然的に上目遣いになり彼女からの懇願の破壊力はより一層増した。


 意を決して彼女の頭に手を置くとビックリしたのだろう。一瞬肩を強ばらせるが、すぐに仄かに頬を赤くし、目を細めてはにかんだ。その顔は純真無垢な少女のようであり、そこには悪意や策謀などは欠片も見られなかった。それに、目を引く尻尾がこれでもかと激しく左右に振られているのだ。さぞかし嬉しいのだろう。


 もしこれも俺を騙す為の演技だとしたらもうお手上げだ。その時はどうしようもない。ひとまず彼女のことは信頼できると仮定しよう。こんな笑顔をしている者を疑いの目で見る事自体、罪悪感が凄まじいのだ。


 彼女への認識を改めていると、ドラゴからの声がかかる。


「あーあー。物凄い顔してんなニールの奴。そんなに好きな奴に撫でられるのが良いのかねェ」

「ち、違いますわ!丁度頭が痒かったのでカテラ様に掻いて頂いただけですわ!それよりも、ドラゴさんこそ模擬戦をしていただいた方が宜しいのでは?」

「そういう事にしといてやるよ。そんじゃ始めようぜ!」


 ニールの心苦しい言い訳を皮切りに、ドラゴからの要求である模擬戦が始まった。新技を見せろとせがむ彼女に応えるために、日が沈むまで付き合わされるとはこの時は知る由も無かった。

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