商人の目的
ニールが驚いた顔をしてからはこれと言った事もなく、30分もせずに魔都まで戻ってきた。彼女は城下町の入口に馬車を止めると未だに尻尾に夢中になっているレリフに声をかける。
「レリフ様。お楽しみのところ申し訳ないのですが魔王城に着きましたわ。そろそろ離してもらえるとありがたいのですが……」
「……あと5分、5分だけ……」
「馬鹿なこと言ってないで早く離れろ。ニールも困っているだろうが」
「ぬぅ……分かったのじゃ……」
「陛下、ありがとうございます。レリフ様、また今度触らせて差し上げますから本日はここまでということで……」
優しくレリフを諭すニールの表情には俺に向けられていた視線や思わしげなものは見られず、駄々をこねる妹をあやす姉の様な慈愛に満ちている物だった。だがそれも束の間、俺の方に向けられた視線は相も変わらず頭の上からつま先までを数回往復しては最後に俺の眼を見て終わると言ったものであった。彼女は俺から視線を切ると、城下町の先にある魔王城を一瞥して言った。
「おかしいですわ。いつもはドラゴさんが待っていらっしゃるのに……」
「そういう事なら呼んでこよう。少しの間待っていてくれ」
「い、いえ。陛下にそのようなことをしていただくのは……」
「いいから。レリフが迷惑かけた詫びだ。それに、俺もどうせ城に帰るんだ。ついでで済ませられるから気にするな」
ですが、とさらに断る彼女を押し切り、俺は単身魔王城へと歩を進めた。数歩ほど進んだところで背後から小走りで駆け寄ってくる足音が聴こえた為振り返る。その主はリィンだった。
「私も付いていきます。お兄さん」
「そうか。二人を待たせるわけにもいかないし、早くドラゴを呼んでこよう」
「魔王様は放っておいても良さそうですけどね……」
「それでもニールが困るだろう。とりあえず急ごう」
魔王城に向かう足を速め、俺たちの話し声が彼女たちに聞こえなくなるほどの距離を取ってから、本題をリィンに告げる。
「なぁリィン。ニールは俺の敵だと思うか?それとも味方だと思うか?」
「やっぱりそんなこと考えてたんですね。馬車での突然の発言は、カマを掛ける為ですか?」
「ああ、個人的に商人という人種は好かん。彼らがすり寄ってくるときは何かしらの目的があるはずだからな。たいていの場合目的は金儲けだがそれが俺の弱みを使ったものなら止めなければならない」
「つまり、私の能力で心を読んでニールさんが何の目的で近づいたのか調べればいいってことですね?」
「ああ、頼めるか?」
「任せてください!」
誇らしげに胸を張る彼女に、期待しているよとだけ告げてドラゴの待つ城へ再度向かった。リィンには魔王城の入口で待っていてもらい、俺だけ城の中に入って探す。誰かいるだろうと大広間に入るがもぬけの空で、食堂にも誰もいない為、しらみつぶしにさがすことにした。結局、ドラゴはルウシア、ケルベロスと一緒にテラスで景色を楽しみながら昼食を取っていた。三人は俺に気付くと食べる手を止めてそれぞれの言葉で『おかえりなさい』と告げる。それに『ただいま』と返し、城下町の入口を指さしながらドラゴに告げる。
「ドラゴ。ニールが待ってるぞ。あそこに馬車が止まってる」
「うおッ、マジか。すぐ行くわ。悪ィ二人とも。そう言うことだから行ってくるぜ」
「ニールお姉ちゃんきてるの!?ケルベロスも行く‼」
「であればわたくしもご一緒しますわ」
城の入口でリィンと合流し、魔王城にいる全員でニールの待つ馬車へ向かう事になった。その
「悪ィなニール。でもまぁ結果オーライだろ?愛しのカテラ様と出会えたんだしよ」
にっかりとした笑顔と共に発されたその言葉は、その場の全員に大きな衝撃を与えた。特にそれが大きかったのは当のニールだろう。先ほどまでの余裕のある表情はどこかへ行ってしまったのか、顔を真っ赤にして微かに震えている。その震えは恐怖の類ではなく、密かに抱いていた思いを当人の前で暴露された怒りによるものであった。
「――――ッ!ドラゴ様‼いくら何でも酷すぎますわ‼もっと段階を踏んでお伝えするはずでしたのに‼」
「わ、悪ィ。ニールの事だし、てっきりアタシからカテラの事を聞く時みてぇに、積極的にグイグイ押してもう伝えてるかと思ったんだ」
「そ、それはカテラ様が居ない時だからですわ‼ご本人が目の前にいると思うとそんな……大それたことは……」
威勢よくドラゴに突っかかるものの、俺と目が合うとその勢いは急激に削がれ、ボソボソとか細くなってしまう。その様子を見ながら俺も動揺を隠せないでいた。先ほどまでに何度かあった、思わせ振りな態度は謀略等ではなく、ただの恋愛感情から来る物だったのだ。ふと気付くと、その場にいる全員が俺の事を見ていた。当然、彼女の想いに対する返答を待っているのだろう。
とはいえ、まだ会ってから一時間も経っていない相手の好意をそのまま受け止めるというのはどうなのだろうか。彼女は俺の事を一方的に知っているだけで、俺は彼女の事を何も知らない。そんな状態で返事をしてしまうのは早計が過ぎる。だからこそ、彼女にある提案をした。
「まだ返事をするのは早いだろう。俺はニールの好物すら知らないんだ。だから、食卓を囲んで互いの事を話さないか?」
「ぜ、是非!」
晩餐への招待は、彼女の喰い気味な返事をもって快諾された。
だがこのときの俺は知るよしも無かった。馬車に積んである食材を運ぶのに、十回も城下町と城を往復しなければならず、終わった後はクタクタになってしまうことを。
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