狐商人ニール
毛量豊かな尻尾からなんとか目線を外し、レリフと話しているニールの出で立ちを改めて観察する。土気色の服を身に纏うその肢体はスラッと長く、レリフと話し合うその姿は妹の面倒を見る姉のようである。艶やかな黒髪から生える耳はツンと立っており、意思を持っているかのようにたまに動く。金の瞳は話の途中にも関わらず何度か俺に向けられており、その度に全身をなめ回すような視線を感じる。
俺の目線に気付くやいなや、整った長い睫毛を蓄えた目を細めて妖しげに笑う。そして、まさに気に入られようとせんばかりにふわふわと触り心地の良さそうな尻尾をゆらゆらと振る。その動作に再び目線と思考がそちらに吸い寄せられてしまう。あの尻尾を思う存分触りたい。それどころか顔を埋めて――
そんな俺の思考を遮ったのは、隣にいるリィンの声だった。
「―――さん。お兄さん!全く……。いくらニールさんが綺麗だからと言ってそんなにじっくり見るのは失礼ですよ!」
我に帰った俺は反射的に、右隣に居る彼女の顔を見た。口ではああ言っているが頰を膨らませている辺り、俺が鼻の下を伸ばしている事に嫉妬したのだろう。その反応は頰袋に木の実を蓄えているリスの様で可愛らしい。ずっと心の中を読んでいたのだろう。俺の感想に彼女は顔を真っ赤にする。
「か、かわっ!?う、うぅー!!もう知りません!」
彼女は赤らんだ顔が見えないように右を向いて拗ねてしまった。しかし、いつの間にか生やしていた悪魔の羽根と尻尾が忙しなく動いていることからその顔は嬉しさで一杯であることが想像できた。
俺たちのやり取りを見て、背を向けていたレリフが振り返って俺をおちょくる。
「んん~?お主、もしかしてニールに見とれてたのかのぅ?まぁ無理もなかろう。こやつの尻尾は一級品じゃからの」
「レリフ様も良くお触りになられてましたものね」
「それを言うでない!ただでさえ最近威厳が損なわれているという……のに……」
「うふふ。尻尾でも撫でて落ち着いて下さいな」
ニールはレリフの右に立ち、尻尾の先端をレリフの顔すぐそばに持っていく。レリフはというと、その誘惑に呆気なく陥落し今では呆けた顔で頬擦りまでする始末だ。そんな彼女は置いておき、俺は今更ながらの疑問を目の前の商人に伝えた。
「あー……。知ってると思うが新しい魔王のカテラだ。よろしく頼む」
「よく存じ上げております。この度はご戴冠、誠におめでとうございますわ。私個人としては、貴方様のようなお若い殿方がその座に就かれた事が何よりの良い知らせですわ」
にこにこと微笑みながらそう伝える彼女からは、先ほどと変わらず舐め回すような視線を覚える。まるで品定めするかのようなそれは正直言って居心地が悪い。話せばその視線がなくなるだろうと思い、どこで俺の事を知ったのか尋ねる。
「ニールと言ったか。どこで俺の事を知った?魔王城にいる者と、
「立ち話もなんでしょうから、馬車に揺られながらお話致します。さあ、どうぞ」
彼女に促され、幌付きの馬車に乗り込むとそこには果物や肉、酒といった食品群の入った木箱が鎮座していた。なんとか俺とリィンが座るスペースは確保出来たもののレリフの席は無く、ニールの左隣に座ることになった。依然としてレリフは尻尾に頬擦りをしており、二三度声を掛けても気付かないほどそれに夢中になっていた。
「この木箱から察するに、君は魔王城に食料を搬入しているんだな?それも定期的に。そうするとドラゴ辺りが喋りでもしたのか?」
「ええ。ドラゴさんが懇切丁寧に説明して下さいましたわ。貴方様が人間で、元勇者のパーティだったことも、尋常でもない魔力をお持ちであることも。後は――」
彼女はそこで言葉を区切り、顔だけ振り返って俺へとその目線を向ける。その目からは「どこまで知っているでしょうか?」と問いかけるような目をしていたが俺はそれを意に介さず続きを促した。
「後は?」
「―――ドラゴさんの焼いたステーキが大好物だとお伺いしましたわ」
「……まぁ、ドラゴの作るステーキは一級品だからな。人間界にいた頃もそれなりにいい食事はしてきたがどれも彼女のそれには劣る」
「ふふ、そうですか。是非ともご本人にお伝えしてみては?」
「考えておこう」
その一言を境に、馬車の中は沈黙に包まれる。ガタガタと木製の車輪が揺れる音しかしない車内で、先ほどの目線が気になった俺はリィンと話す体を装ってカマをかけることにした。
何度も感じた舐め回すような視線や、先ほどの意味深な言葉の区切り方から俺は彼女の事をあまり信用出来ないでいた。そもそも俺は商人という人種にいいイメージを持っていない。金に貪欲で、職業上人の弱味を知る機会の多い彼らは時に権力者の弱味を使って金を儲けることもある。
もし彼女が『俺が魔法を十全に使えない』事を知っていて、それを材料に脅迫や交渉に使おうとしているのなら、事前に防ぐべきだろう。
「リィン、さっきの実験は成功だったな。だが俺の攻撃魔法があれほどの威力とは思いもしなかった。巻き込まれて危うく死ぬところだったしな」
「え?ええ、そうですね……?」
突然何を言い出すのか、といった表情を浮かべる彼女をよそに、俺は横目でニールの表情を伺った。振り返った彼女の金色の目は大きく見開かれ、驚愕の色を浮かべていた。
どうやら、俺の思惑は当たっていた様だった。
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