獣耳の商人
実験を終えた俺達は、
「ところでお主。竜人や獣人の都には参らぬのか?時間はたっぷりあるが……」
「うーむ。それを丁度悩んでいた所でな……。ケルベロスやドラゴの様な性格の者が多いんだろう?一人二人ならともかく、束で相手するのは気が引ける」
事実、ケルベロスには散歩をせがまれることが多く、ドラゴに至っては模擬戦をしつこく迫られていた。二人とも元気が有り余っており、本でも読んで静かにしていたい俺とは真逆の性格だった。二人に悪気はないことは分かっているのだが、毎日のように体を激しく動かすのはあまりしたくない。ここ三年間は杖を剣代わりに振っていたとは言え、運動らしい運動はしてこなかったのだ。そんな状態で激しい運動を繰り返していればどうなるかは目に見えている。
ただ、戦闘になれば話は別だ。何かしら守る物があり、引けない場合には例え翌日全身が動かせなくなるほどの筋肉痛に襲われることが分かっていようが全身全霊をもって戦う。ただ、散歩や模擬戦でそんな状態になるのは割に合わないという話である。毎日散歩と模擬戦が終わったら息も絶え絶えになっている魔王など、誰が率先して付いて行こうと思うだろうか。
そんな俺の胸中を読んだのか、リィンは口に放り込んだ昼飯を飲み込んでから俺に苦言を呈する。
「ダメですよお兄さん。それじゃいつまで経っても運動しないじゃないですか。それに、ケルベロスちゃんとドラゴさんがかわいそうですよ」
「何?お主、運動したくないから行きたくないと申すのか?これじゃから今時の魔王は……」
「今時の魔王って何だよ……。まぁ、よくよく考えればそうだよな」
俺のワガママで彼女たちの要望が通らないままというのも良くないだろう。今までとは異なる環境に身を置いたのだ、新しい挑戦をしてみるのも悪くは無いだろう。
「……帰ったらケルベロスに声をかけてみよう。散歩が終わったらドラゴにも。模擬戦を通して何か掴めるかも知れないしな」
「そうするとよい。それで、残りの二都市には赴くのか?」
「そのつもりだ。ただ、順番を悩んでてな。レリフとしてはどちらから行くのがオススメだ?」
「我としてはやはり獣人の都市、城塞都市イルからの方かの。見ての通り平坦な道を進めば辿り着ける上、一度お主に人で溢れた街を見せてやりたいしの」
その返答を聞き、リィンがむくれた様子で俺たちに言う。
「良いですねぇ。まぁ、私は留守番するしか無いでしょうが……」
「いや、今回はリィンにも来てもらうつもりだ」
「いいんですか!?許可的な面もですが、一日離れただけで魔王城は混沌を極めますよ!?」
実際、彼女は掃除や洗濯など細々とした作業を一手に担っている。たまには休暇をとらせるのも悪くないだろう。それに、転移魔法で各都市へ飛べるようになれば、急を要する事態になったとしても対処が容易になる。彼女を連れていかない理由は無かった。
「たまには休むのも悪くないだろう?それに、帰ったらまた説教されるのはもうゴメンだ」
「もー、あれは悪かったって謝ったじゃないですか」
おどける俺の調子に合わせ、微笑みながら返すリィン。朗らかな雰囲気にレリフが顔を強ばらせて水を差してきた。
「ほ、本当に良いのか!?ケルベロスとドラゴを一日放って置いたら魔王城は壊滅的な被害を受けることになるぞ!!」
「だったら全員で行けば良いだろう。ケルベロスは久々に知り合いに顔を出したいだろうし、ルウシアの知見も広げられる。ドラゴ一人置いていくのは余りに可哀想だしな」
「簡単に言うがどうやって移動するのじゃ?まさか世界樹からの帰りの様に全員抱えて走るつもりか?」
「さすがにそれは無理だ。あれはルウシアとレリフの二人しか居なかったから出来た芸当だからな、だから―――」
代案を二人に伝えようとしたときだった。俺が発言しようとしたそれが西からガラガラと音を立ててやって来る。二頭の馬に
西から来ることからして、彼女も獣人であることは確かなのだが、御者席の左右から垂れ下がるカーテンがその耳を隠しているため何の獣なのかは分からなかった。ともかく、今現在分かることは彼女が手入れのされた艶やかな黒髪と、金の瞳を持っている商人である事だけだった。
馬車に乘っている彼女は俺たち三人に気づいたようで、俺たちの座っている場所と黒焦げになった箇所を一度に眺めることが出来る地点で止まった。牽いていた馬を間近で見るとこちらも彼女の髪と同じ位手入れがされており、茶色の毛並みが太陽を反射して輝いて見える。
馬に向いていた視線を彼女に戻したのは、レリフが発した一言だった。
「誰かと思えばお主か、ニール。元気だったかの?」
その質問に、ニールと呼ばれた獣商人は馬車を降り、返答する。
「ご機嫌よう。レリフ様、カテラ陛下」
俺は、なぜ彼女が魔王の代替わりを知っているのかという疑問を抱くことは無かった。彼女の頭と尻尾に目が行き、それどころでは無かったからである。
頭に生えていた耳は黒い三角形を描いて立っており、尻尾は同じく黒い狐の尾をしていた。先っぽだけが白く、ふさふさとさわり心地の良さそうなそれは俺の目を奪うには十分だった。
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