【勇者Side】変身魔法

 聖剣を手に入れた俺は甲板で、手すりに寄りかかりながら進行方向を眺めていた。俺の周りには数人の船乗りたちしか居ない。他の三人はというと、エルトの体調が優れないためアリシアの転移魔法テレポートで先に港町まで帰っていた。俺もそうしなかったのは、行きにクラーケンを倒したとは言え、魔の海域では何か起こるか分からない為護衛として残ったからだ。クラーケン程度であれば俺一人で退けられることは行きで分かったし、何よりこれも俺一人で行うことで三人に『あのとき何もしなかったよな』と魔王討伐後の分け前を独占するときに優位に働くかもしれないと踏んだ為である。実際そうであるかは分からないが。


 そしてもう一つ理由がある。それは――


「それで、そのあとはどうなったんですかい!?」


 俺と同じように甲板の手すりに寄りかかっていた船乗りの一人が目を輝かせながら話の続きを促した。そう、俺は彼らにせがまれて今までの冒険譚を語っていたのだ。一日の大半を海の上で、それも限られた数人としか共にしない彼らは新しい話題に興味津々だった。ある者は帰ったら早速息子に聞かせようと張り切っていた。そして、今語っているのは昨日から今日にかけての話である。……若干脚色はしてあるが。


「その甲冑の振るうレイピアと、俺の剣が火花を散らす。しばし力比べをした後で飛び退いて距離を取ると、俺の剣はこのように欠けていた」


 今まで鞘に納めていた、先ほどクラーケンを退ける際に使った剣を抜く。それは刃毀れを起こしており、それを見た船乗りたちは固唾を飲む。少しの間を置いてから続きを彼らに語った。


「だが俺はそれを物ともせず、変身魔法を掛けることで剣が折れないようにした」


 彼らに見せるように、実際に目の前で変身魔法を掛けて剣を新品同然までに修復して見せる。変身魔法は効力が切れると元の状態に戻る為、使わない時は鞘に戻して解除していた。そうでもしないと消費が激しく、今も盾にかけている分が解けてしまうからだ。ともかく、目の前で繰り広げられる光景に船乗り達は小さく感嘆の声を漏らした。


「対してその甲冑のレイピアは見た所、傷一つ付いていない。これは苦戦するだろうと考える俺に向かって、奴は再度切りかかってきた。俺はその刃を魔法で補強した剣で受け止めると、奴の刃は粉々に砕け散った。狼狽える奴は、俺に『覚えていろ』とだけ残して消えた。何よりも衝撃的だったのは、声から察するに奴が女性だったことだった。ともかく脅威を退けた俺は白んできた空を一瞥し、宿屋に戻って休むことにした――――とまぁ、これが昨日から今日にかけての出来事だ」


 語り終えた俺に向かって、船乗りたちの拍手と賞賛の声が聴こえてくる。やはり賞賛はいいものだ。最近は特にされていなかったからより一層心地よい。それに気を良くした俺は、続けて別の話を語り始めるのであった。


 ―――――――――


 エルトさんの体調が優れないため、私たちは一足先に転移魔法テレポートで港町に帰っていました。宿屋で一時間ほど休んでいたら、エルトさんの顔色も大分よくなり、声色もいつも通りに戻っていました。そんな中、ロズさんは私たちにある提案をします。


「エルト嬢もこうして元気になったことだし、勇者の野郎が戻るまで町をブラつかねぇか?おそらく夕方になるまで帰ってこれないだろうしな」

「いいですね。落ち着いてきたらお腹も減ってきました」


 丁度昼頃を迎えたせいか、私も小腹が空いてきた頃でした。どうせなら外で何か食おうぜと提案するロズさんは、それに同意したエルトさんの手を引いて外へと向かいます。私はその背中を追って宿屋を後にしました。


 店が立ち並ぶ一角はお昼時とあって人でごった返していました。その中でもひときわ密度の濃い人だかりの中心に居る人物を見て、ロズさんはエルトさんに声を掛けました。


「エルト嬢、あの魔法使いは……レイノール家の一員か?」

「いや……違いますね。はぁ、またニセモノですか……。頭が痛くなりますよ」


 人だかりの中央に居る女性は紫の髪と瞳を持ち、エルトさんと同じような黒の帽子とローブと言った、まさに魔法使いといった出で立ちでした。彼女は、周りにいるこれまた魔法使い然の恰好をした人たちに語り掛けていました。ですが、その中の数人は疑いの目を向けています。エルトさんは、声を張り上げて中心に居る彼女に言葉をぶつけます。


「そこのレイノール家を騙る者よ‼もし貴女が本当にそうであれば飲み明かしたいものですね‼よろしければ今夜如何ですか!?」


 突然の出来事に、その場にいる全員がエルトさんに目線を向けます。当の彼女は帽子を取り、続けて自分の名を高らかに告げます。


「私の名はエルト・レイノール!『始祖の血』を継ぐ者なり‼貴女の名を聞かせて頂こうか‼」


 その問いかけに、集まった目線は再び人だかりの中央へと向けられます。中心に居た彼女は雲行きが怪しくなったことを察したのか慌てて逃げ出しました。何が何だか分からないといったロズさんが、私に小声で解説を求めます。


「ア、アリシア嬢……。オレにはなんであの一言でニセモノが逃げたのか分からないんだが……」

「まず、何故彼女が紫の髪と瞳を持っていたのかは変身魔法を使って化けていたからです。ただ、変身魔法は消費が激しいので、並大抵の魔法使いは半日保つのが限界です。そのためエルトさんは夜通しという語句を強調したのです」

「ええ。それに魔法使いの間では『レイノール家を自称する者とは一日過ごせ』という暗黙の了解が――――」


 エルトさんの言葉は途中で切れます。何故なら――――


「エルト様‼一度はお会いしたかったのです‼」

「是非『魔導序論』にサインをお願いします‼」

「握手、握手お願いします‼」


 今度はエルトさんが人だかりの中心になってしまい、説明どころではなくなってしまったからです。それはすなわち、苦笑しながら互いを見合う私達も勇者一行であることが周囲にバレた訳で、私たちの周りにもあっという間に人だかりが形成されていき、お昼ご飯を食べるどころではなくなってしまいました。





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