【勇者Side】聖剣

 島が見えたとエルトが言ってからしばらくして、俺は目的地である『最果ての島』に向けて船を漕いでいた。あまりにも小さな島の為、乗っていた大型船では接岸出来ず、ある程度のところまで近づいてから小舟を漕いで上陸するしかなかった。徒歩でぐるっと一回りしても10分掛からないであろうこの島には、白亜の神殿が数本の木々を添えて鎮座している以外には何もなかった。その神殿も、遠目から見た限りでは入り口が閉じている為、そこに入れないものからしたら本当に何もないと同然だった。


 これも、ここが『勇者しか立ち入れない島』と言われる理由の一つかもしれない。魔物が巣食う海域を命からがら抜けたと思いきやそこには何も無かった。もし俺が勇者で無く、船乗りや冒険家としてこの島に足を踏み入れたのならば、きっと今ごろは笑い転げているだろう。今までの苦労は何だったのかと、自嘲の意味を込めての笑いではあるが。


 まぁ、そんな「もしも」の話をしても事態が進展することは無い。船乗りや仲間の三人を待たせている事だし、手早く済まそう。


 上陸した俺は、小舟が流されないように浜へと引き揚げた。ふとさっきまで乗っていた大型船に目をやると、複数人の船乗りがこちらに向かって手を振っていた。それに手を軽く挙げて応じると、踵を返して神殿へと向かった。


 浜から十数歩で神殿へとたどり着く。目の前に鎮座する神殿は、50年前にはすでにあったと言われても信じられないほど手入れがされている。潮風や、高波を遮るものが無いはずなのに大理石で出来たそれは角が欠ける事無く純白を保っており、今しがた出来たと言われても信じられるほどだった。数段しか無い短い階段を上り、円柱で支えられた軒下へと歩を進める。目の前の壁は遠目から見た通り塞がれており、入り口は見当たらない。


 どうしたものかと目の前の壁に手を触れると、つるりとした壁に淡い光が灯る。慌てて手を離すと、それは光の輪になり徐々に広がっていき、通過した所から半透明になって入り口を形成する。丁度人一人が入れそうな大きさの四角形に広がった入り口を通り、神殿の中へと足を踏み入れた。


 たった一歩を踏み出しただけで、そこは別世界だった。大理石の白に包まれた10m程の奥行きを持つ空間は、屋根に開けられた手のひら大の窓から差し込む光が一筋、中央に差し込むだけだが前が見えない程暗いという程ではない。そこにはもう一つ光源があったからだ。


 天窓から差す一条の光を受け、白刃に淡い光を湛えた聖剣がきっさきを天へと向けて浮かんでいた。ゆらゆらと、波に揺られる様にしてそこにあるそれは一目見ただけで天上の物である事が分かる。翼を広げた鳥を象った鍔と、丸い柄頭には金がふんだんに使われており、それぞれに埋め込まれた紅い宝玉が青い握りとのコントラストを際立たせていた。


 5m程の距離をゆっくりと、一歩ずつ踏みしめて進む。いつの間にかさざ波の音もしない、耳が痛くなるほどに静寂が支配していたこの空間で、俺の心臓の鼓動だけが鼓膜を震わせていた。聖剣の前まで来ると、大きく深呼吸をしてからそれを手に取った。まず驚いたのはその軽さだった。まるで羽根のように軽く、何も持っていないと錯覚するほどで、先ほどまで浮いていたのは軽さのせいだったと勘違いするほどだ。


 しかし現実は違うだろう。何かしらの力を以てこの神殿を綺麗な状態に保ったり、その壁に入口を作ったり聖剣を浮かせたりしているのは間違いない。それを実現させる力が魔法なのかは分からない。アルテマが言っていた、『変身魔法で対象に性質を持たせる』事を利用するとしても、変身魔法を掛け続けなければならない為術者の消費は激しいだろう。まぁ、神々であればたやすく出来そうではあるが。


 いずれにせよここで考えていても答えが見つかるわけでもない。さっさと陸地へ戻り旅を再開するとしよう。


 振り返りつつそのような考え事をしていたら、突如頭の中に聞いたことのある声が流れ込んできた。それは三年前に一度聞いたきりの声であったが、忘れることはなかった。勇者としての道を歩むことになった転機を告げる、天命の声だったからだ。


「貴方が魔王を倒そうとする限り、私は喜んで力を貸しましょう。窮地に追い込まれたその際は、その刃を天へと向けなさい……」


 彼女からのお告げはそれっきりだったが、いつの間にか左手には聖剣を納める為の鞘が握られていた。その言葉をしかと胸に刻みながら抜き身の剣を鞘へと戻し、止めていた足を再度動かして神殿を後にした。


 神殿から一歩外にでると、さざ波の音と共に船乗りたちの歓声が耳朶を打つ。大型船に目線をやると、入る前よりも激しく手を振っている船乗りたちが見える。彼らにもよく見えるように、俺は鞘から聖剣を抜き放つと天へと掲げた。一層激しくなる歓声を尻目に、改めてその刀身を観察する。太陽の下でも分かるほどの光を帯びる白刃の腹には文様が描かれており聖剣それらしい雰囲気を醸すのに一役買っていた。


 一通りそれを眺めた後に、改めて鞘へと戻す。そして大型船へと乗り込むために小舟で最果ての島を後にした。




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