魔王流の攻撃魔法

 突如始まった、魔王様との言い争いは熾烈を極めていました。何故魔王様を敬わないのか、その理由を並べ立てる私とそれを否定する魔王様のやり取りはいつしか強さとは関係の無い、口喧嘩じみた物に変化していました。


「だって魔王様酔うと威厳の威の字すら無くなるじゃないですか!」

「ぐ、ぐぬ……」

「野菜は苦手だから卵料理を出せだの、やれ何か面白いことしろだの、やりたい放題するし!」

「ぬ、ぬぅぅ……」

「挙句の果てには『寂しいから一緒に寝てほしい』とか言ってベッドに入ってきて襲ってくるし!!」

「な、なんじゃそれ!?初耳じゃぞ!?」

「一度や二度じゃありません!それに『よいではないか、よいではないか』と嬉しそうに―――」


 異変を感じて言葉を切ると、次の瞬間にはドォン、と爆発音が響き、熱風が私たちの髪を揺らします。反射的にその方向に目線を向けると、最初に視界へ飛び込んできたのは空を舞うお兄さんの姿でした。その背後には横に並んだ五、六人を優に飲み込めるであろう火柱が天を衝くようにして立っています。


 お兄さんは私たちの頭上を見事な放物線を描きながら越え、道の反対側に背中から落ちました。予想外の出来事に二人揃ってしばし固まっていましたが、動かないお兄さんのもとへ慌てて駆け寄りました。


 ――――――――


 背中への衝撃で飛んでいた意識が戻ってくる。正確に言うと、先ほどまで飛んでいたのは肉体だがそんなことはどうでもいい。肺の空気が押し出され、上手く息が出来ず咳き込む俺の元へ言い争っていた二人が心配そうな顔をして駆け寄って来る。息を整えながら大丈夫だ、と掌を見せると二人の表情は安堵のそれに変わる。


 今回試したのは、『空気中に散布する触媒物質を塊にした場合攻撃魔法は発動できるのか』という事だ。本来、触媒物質を攻撃魔法で使う場合、変身魔法で霧状にしてから拡散しないように風魔法で固定するという段取りを踏む必要がある。だが、先ほどの反応を見るに塊のままでも攻撃魔法には使えるらしい。


「実験は成功したが、頭から落ちてたら死んでたな……」

「一体何をしたらああなるのじゃ。威力的には『業炎インフェルノ』位じゃがそれじゃったらあんな狭い範囲では無かろう。新魔法かの?」

「一滴の血で『火炎ファイア』を試したらああなった」

「……冗談では無さそうじゃの……末恐ろしい奴じゃ」


――――――――――――――――

業炎インフェルノ

 炎属性の上位範囲魔法。幅10m程の火柱を上げる。業火球ファイアボルトより威力は僅かに劣るが範囲の面で勝る。

――――――――――――――――


「ともかくだ、血に魔力を通せば攻撃魔法を使えるのは分かった。ただこれだけじゃまだ戦術に組み込むには足りないな」

「まだ足りないんですか!?お兄さんはそこら中を焼け野原にでもしようとしてるんですか!?」

「威力の話じゃなくて、どうやって当てるかなんだよ。俺の弱点って言うのは、飛んでいる奴には何もできないことだ。ジャンプするって言うのも一つの手だが、空中じゃ身動きが取れないことを考えるとあまり得策じゃない」


 もしその相手がドラゴンだったら、落下中に丸焼きにされるか足で掴まれて一巻の終わりだ。


「つまり、お兄さんとしては対空用に何かを放つ攻撃手段が欲しいってことですよね?」

「ああ、地上に居る相手なら斬るだけで十分だ」

「魔法使いの発言とは思えんのぅ……それに剣も無いのにどうやって斬ると言うのじゃ」

「無いなら創ればいい。こうやってな」


 大蜘蛛を斬った時の様に、王冠を剣へと変化させる。その様子を見て、二人は目を輝かせていた。


「わぁ……!新技ですか!?」

「考えたのぅ……。これなら確かにそこいらの刀鍛冶が打った物よりも切れ味ありそうじゃな」


 顎に手を添えてまじまじと刀身を観察するレリフが、ハッとした顔で俺にあることを提案してきた。


「これじゃよ!剣を一部血液に戻して振れば遠心力で飛んで行くんじゃないかの!?」

「やってみる価値はあるな。早速試すぞ」


 剣の腹の一部にかけていた変身魔法を解除する。すると、獲物を切っていないにも関わらず赤黒い血がぽたりぽたりと流れ落ちていく。

 腰を入れずに、腕の力だけで剣を横に振り抜くと、さながら引き絞った弓から放たれた矢の様にすさまじい勢いでそれは空を駆けていった。


 緩い弧を描きながら直進する血の塊は30m程で重力に負けて地に落ちた。素の筋力で振るってこの飛距離だ。本気で振るえば十分遠距離攻撃には使えるだろう。


 ふと、旅を始めた頃にロズが言っていた事を思い出す。


『なぁ、知ってるか?一流の剣士ってのはな、斬撃を飛ばせるらしいぜ』


 飛ばす塊に変身魔法を掛け、硬質化させれば十分な威力を持つ刃になるだろう。それに、攻撃魔法を掛ければさながら投射系の呪文に変わる。成果としてはこれ以上無い程だった。


「上手く行ったのぅ。流石我じゃな!誉めい誉めい!」


 どうだと言わんばかりに、発案者の彼女は両手を腰に当て、その平らな胸を反る。


 こうして、我流というよりも新旧魔王の知恵を合わせて魔王流の攻撃魔法が誕生した。

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