俺の弱点

 遅めの朝食を取った俺は王座に座り、レリフとリィンが繰り広げる論争を頬杖をついて聞いていた。その内容は、『俺とレリフ、本気で戦ったらどちらが勝つのか』という実にどうでもいい物だった為、適当に相槌を打ちながら頭の中では別の事を思い浮かべていた。


 俺の戴冠に合わせて森人エルフ達の住処に大蜘蛛が出たように、他の二都市でも何かしらの問題が出ているのではないかと考えていた。女神が俺を殺すために大蜘蛛を放ったのなら、間髪入れずに次の戦力を投入した方が効果はあるはずだ。少なくとも俺が彼女であれば迷わずそうするだろう。


 なのに残る二つの都市からは救援要請はない。確認の為、水晶に念じて城塞都市イルの様子を見るも、赤褐色をしたレンガ造りの建物が立ち並ぶそこは日常そのものといった様子で、数多くの獣人達で賑わっていた。少なくともなにかしら問題が有ったとは思えず、竜人達の住む地下都市ルタンも同じく平穏そのものだった。


 この事を踏まえると、彼女は戦力の逐次投入という愚策をとるようだ。ただ、それには必ず理由があるはず。例えば刺客となる魔物を作るのに時間が必要な為出すに出せない等、考えられる物は多岐に渡る。そのなかで一番的中して欲しく無い物は、『大蜘蛛の件を省みて、さらに強力で凶暴な者を産み出すために時間をかけている』という物だ。何せ俺に向かって『死にゆく貴方に祝福を』とまで言ったのだ。殺す気でかかってくるのは間違いない。


 はっきり言って、どんな敵が来ようが魔王城に居る全員でかかれば負ける心配はない。ただ、それは周囲の被害を考えなければの話であり、十中八九街中で戦闘が繰り広げられるであろう今回に関しては別だ。今の俺は魔王であり、守るべき民が居る。彼らが傷つく前に俺の持っている力で敵を討ち、安全を保障する。俺が出来ることはこれしかない。だからこそ、それだけは何としても『持てる者の義務』として果たさなければいけないのだ。


 そこで問題になるのが、俺の戦い方だ。今の俺は血で剣を創り、それを支援魔法で強化した身体能力で振るう、言わば剣士タイプの戦い方で遠距離に弱い。相手が地に足を着けている者なら速度を生かして強引に近接戦闘に持ち込めるが、もし相手が飛んでいるのであれば今の俺に打つ手はほぼ無い。出来ることと言えば精々剣を投げる位だ。


 遠距離攻撃も体得しておかないとこの先はキツくなるだろう。レリフ達の力を借りることも出来るが、彼女らに頼ってばかりでは魔王としての面目が立たない。先日、『出来ない事は頼る』と言ったが頼りっぱなしにはしたくない。『やっぱりレリフ様の方が魔王に相応しい』などと思われて魔界からも居場所がなくなるのは何としても避けたいのだ。


 思案に耽る俺にリィンが語りかける。


「……さん。お兄さん!お兄さんもそう思いますよね?」

「悪い。途中から考え事をしててな。もう一度話してくれないか?」

「もー、しょうがないですねぇ。魔王様が、遠距離の攻撃手段を持たないあ奴なぞ我が魔法を乱れ撃ちすれば余裕で勝てるって言ってるんです。だったらお兄さんが攻撃魔法使えれば魔王様に勝てるんじゃないかな~って」


 なんともタイムリーな話題だった。その話の流れに乗り、あることを二人に頼む。


「済まない二人とも。俺の弱点克服に付き合ってくれないか?」


 ――――――――


 俺達三人は、これから使えるかどうかわからない攻撃魔法を試す為、万が一に備えて城から西のディール平原に足を運んでいた。魔王城から西へと続く馬車道を、ゆっくりと歩く。この馬車道は獣人が住む城塞都市イルと魔都サタランを繋いでおり、魔王城に出入りしている数多くの商人が行き来して出来たものだとレリフは語る。新しい馬車の轍を見るに、まだまだ現役のようだ。


 頭上には太陽が柔らかな光を投げかけており、その位置から察するに暫くすれば昼食に丁度いい頃だろう。それに加えて見晴らしのよい平原をのんびりと歩いていると、ピクニックに来ているような錯覚に陥る。後ろに着いてきているリィンとレリフは鼻唄を歌っている始末だ。そんな中、リィンが昼飯の入った四角い籠を持ち、俺に訪ねる。


「それでお兄さん、これから何をするんですか?」

「攻撃魔法を使えないか試す。まだ使おうとしたことがないが、案はあるんだ」


 歩きながら彼女の問いかけに顔だけ振り向いて答えると、レリフが驚愕する。


「な、なんじゃと……。我の最強伝説もこれにて終わるというのか……」

「安心してください、そもそも始まってないじゃないですか」

「そんなことは無かろう!そもそも――」


 足を止めて何やら言い合っている彼女達をよそに俺は馬車道を外れ、見晴らしのよい草原に足を踏み入れる。足元は背の低い草が生い茂り、通行の邪魔にはならないどころか思わず寝転がって昼寝をしたくなる気持ちに刈られる。


 だが、ここにはピクニックにも、昼寝をしに来たわけでも無い。新たな可能性を探しに来たのだ。ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼女達から二十歩ほど離れた所で立ち止まると、冠を剣へと変化させ、その刃で左手の人差し指を浅く切る。地に落ちた一滴の血に魔力を籠め、一言だけ発した。

 

火炎ファイア


 魔法使い見習いが『灯の魔法』の次に唱える呪文の定番、下位の炎属性攻撃魔法を試みる。大体の魔法使いは焚き火をするくらいにしか使わない魔法であるが、魔力量次第では立派な攻撃手段に成りうる。俺の魔力量ではどれくらいの威力になるのだろうか。


 そんな俺の思考は目の前の驚くべき現象によって遮られた。


 一滴の血が光輝いたと思ったら、突如爆発した。足元から襲い来る爆風をモロに受けた俺は、意識だけを地上に置き去りにして宙を舞った。

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