【勇者Side】到着

 クラーケンを無事倒し、現在船乗りに囲まれている俺は実にいい気分だった。彼らからの賞賛も理由の一つだが、それよりも大きな要因があった。先ほどの模擬戦で、アリシアの支援魔法が掛かったロズと渡り合う事が出来た上、アルテマから教わったことを応用して新技を編み出すことが出来たことだ。彼女が昨夜披露して見せた『魔法を剣で逸らす』技を見て、『雷の魔法を剣に宿す』ことを思いついた。理屈は単純、変身魔法で刀身全体に『魔法を通しやすくする』性質を与えて雷の魔法を発動すればいいだけだ。彼女と再会した時に敵対していた場合にはこの技を惜しみなく使う。通常の魔法では逸らされて無効化されてしまう為、直接叩き込むこの方法が一番確実だ。


 しかし、よくよく考えてみると昨日教わった戦い方には色々と疑問が生じる。俺も、神託を受けてからの三年間で一通り魔法の勉強はしてきた。おかげで基礎的な知識は頭に入っており、簡単な魔法――それこそ灯の魔法など――であれば唱えることが出来る。だからこそ、アルテマが実践していた『変身魔法で身体能力を向上させる』ことと、『変身魔法で物体に性質を付与させる』ことは既存の魔法論では説明できない現象であることが分かる。


 まず、変身魔法とは、『対象の姿形、硬度や温度などを変化させる』魔法の事で、ここに性質を付与させることや身体能力を向上させることについては書かれていない。そもそも、身体能力を向上させる魔法は支援魔法の領域だ。俺が急激に強くなった理由をエルトが推測するならば、『昨夜のうちに支援魔法が使えるようになった』と答えるだろう。


 実際、当の彼女はそう判断していた。


 ――――――――


「まず、見るからに動きが変わっていたのは間違いなく支援魔法あってのことでしょう。恐らく彼は昨夜のうちに習得し、実戦に使用できるほどまでに仕上げた。あの甲冑を相手にする際はアリシア先輩の支援魔法を使うため無駄になると思うのですが、そこは自分の面子メンツを保つために自分こそが最強である事を証明したいからでしょう」


 エルトさんは、青い顔をしながら語ります。その顔色を見かねて、ロズさんは私にあることを頼んできました。


「アリシア嬢、エルト嬢に回復魔法を掛けてやってくれないか。いつ決壊するか心配で見てられん」

「分かりました。効き目があるかどうかわかりませんが試してみましょう……大治癒エクスヒール!」


 私が回復魔法を唱えると、エルトさんの体が穏やかな光に包まれます。ですが、彼女の顔色は一向に良くなりません。


「うぅ……。お気遣いありがとうございます。ちょっとは良くなりましたが完全回復とは程遠いですね……」

「お?そこの魔法使いのお嬢ちゃん、船酔いかい?それならいい方法がある。進む方向の景色を見るといいぞ。それに、後少しすれば目的地が見えてくるはずだ。もしかしたらもう見えるかもな」

「ありがとうございます。ちょっと船首の方に行ってきますね……」


 船乗りさんのアドバイスに従って、エルトさんは見晴らしの良い所に移動しました。その背中を見て、回復魔法といえど治せないものもあるという事実と、彼女の力になれない無力感がない交ぜになって私の胸にはよくわからない感情が溢れていました。それを察したのか、ロズさんは『オレ達も行こうぜ』と誘ってくださいました。甲板に居てもやることが無いので、その提案に乗って私達も景色を眺めに行きました。


 転落しないように高めに作られた手すりに顎を乗せ、エルトさんは水平線を眺めていました。心なしか、その背中はしょげて見えます。


「エルト嬢、大丈夫か?」

「ロズさん、アリシア先輩、私は大丈夫です……」


 背後からかけられた声に振り返った彼女の顔は先ほどと変わらず、未だに青いままでした。そんな彼女は自嘲気味に語ります。


「移動時間を利用して、皆さんの役に立てるように魔導書を読もうとしたらこの様ですよ……全く、笑っちゃいますよね。役に立つどころか、こうして心配させる始末です……事前に酔わなくなる魔法があるかどうか探してくればよかったですね」

「まぁ、体質だからしゃーねぇよ。それに、心配させるってんなら勇者の野郎の方がよっぽどオレ達を心配させてるぜ。丸一日姿を消すわ、今日の朝だって宿屋に居なかったしな。あの時、オレは『またか……』って思っちまったよ」


 気負うなと言わんばかりに勇者を引き合いに出してフォローするロズさんの言葉に、エルトさんは笑って返しました。心なしか、先ほどよりも元気があるように見えます。その後も、ロズさんはエルトさんの好物の話など、とりとめのない話をして彼女が言葉を発しない時間を作らないようにしていました。船酔いを意識の外から出して症状を和らげようとしているのでしょう。前に読んだ本で、船酔いを意識するとかえって悪化してしまうという事が書いてありました。まさに、病は気から、ということです。だから、回復魔法で治せなかったのかもしれません。


 ふと進行方法に目をやると、水平線上に一つの影が見えました。目を凝らしてみると、小さな島であることが分かります。そのことをお二人に伝えると、エルトさんは少々青い顔をしながらも安堵の表情を浮かべ、その胸をなでおろしました。



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