【勇者Side】船旅
日が水平線から顔を出して数刻、私たちは朝早くから素振りをしていた勇者と合流して東行きの船に揺られていました。船には私たち四人と、屈強な船乗りが十数人乗って居ますが、船の大きさを考えると少々寂しさを覚える人数でした。
それもそのはず、これから通る道は『魔の海域』と呼ばれており、好き好んで通るものは一人も居ない場所です。この過酷な道程こそ、私達の目的地に『勇者しか立ち入れない』という謂れを作っているのかも知れません。
船旅の目的は、東の果てにある島に安置されている聖剣を手に入れることです。今のままでも十分強い勇者は、あの甲冑を打倒するために更なる強さを求めていました。その目的を果たすために彼は今現在もロズさんと模擬戦をしていました。勇者の希望通り、ロズさんには私の支援魔法をかけてあります。
ですが、昨日とは異なりお二人はほぼ互角に打ち合っていました。両手で大剣を巧みに操るロズさんの猛攻を勇者は盾で受け、剣で往なします。それだけでは無く、時には鋭く切り込むことで攻守を逆転させることも何回かありました。
しばらくの間、剣の応酬をしていたお二人は休憩をとるためにその剣を下ろします。双方の額には汗が輝いており、先ほどの一戦がどちらも決して手を抜いていた訳ではないことが分かります。ロズさんは昨日、勢い余って勇者の剣を弾き飛ばしてしまったのですがそれから半日も立たずに食らいつく彼の上達速度には驚かされるばかりです。
「ふぅ。そろそろ休憩にするか。ロズ、もっと全力を出してもいいんだぞ?」
「んなこと言ってもよ、オレはこれで殆ど全力なんだが?」
汗を輝かせながら軽口を叩き合う二人でしたが、余裕が見られたのは勇者の方でした。対してロズさんは食らいつくのがやっと、という雰囲気です。彼は朝早くから素振りしていた、と言っていましたが果たしてそれだけでこれ程までに上達するものなのでしょうか。
疑問を浮かべる私に対し、ロズさんは一つの疑問を投げ掛けます。
「そういや、エルト嬢は?景色でも見てるのか?」
「いえ、エルトさんは船室で安静にしています。どうやら船酔いが激しいらしく……」
「あー……。何となく酔いやすそうだなとは思っていたが、やっぱりか……」
エルトさんは出航してから十分ほどすると、青ざめた顔をしてふらふらと船室に入ったきり出てきませんでした。今ごろは横になってうんうんと唸っているに違いありません。後で回復魔法をかけに行きましょう。効果が有るかは分かりませんが……。
私の思考を、突如襲った大きな衝撃が遮りました。唯一の地面とも言える甲板は何度も揺さぶられ、立っていることは到底不可能でした。日焼けし、丸太のように太い四肢を持つ船乗り達でも何かに掴まらないとたっていられない状況で、勇者とロズさんだけは何事も無いように平然と立っていました。
やがて、人一人ほどの太さを持つイカの足が甲板の至るところから這い出てきます。それを見て、船乗り達は震える声で叫びます。
「ク、クラーケンだ!」
「全員下がれ、俺一人で十分だ」
勇者はそう答えると、船首から三角の頭を覗かせるクラーケンに向かって駆け出します。そして接敵するまでの僅か二十歩ほどの間に左手に纏わせた雷電を剣へと伝播させ、渾身の一撃を振るう為に両手でしかと柄を握ります。
そして飛び上がった彼が振り下ろす為に掲げた剣には天からの雷が落ち、さらにその威力を高めます。そしてそれを振り下ろした瞬間、轟音と共にクラーケンの体は痙攣した後に力無く海面へと沈んで行きました。目の前の光景に唖然としていた船乗り達は、勇者の「終わったぞ」という言葉を皮切りに歓喜の声を上げるのでした。
「流石勇者様だ!あんな化け物なんて一瞬でのしちまった!」
「ありがてぇ!これならこの先も安心して行けるな!」
あっという間に囲まれてしまった勇者は満更でもないような顔をして答えます。
「危険な旅と分かった上で船を出してくれたんだ、これくらいはしないとな」
そんな彼を遠目で眺めている私たちは、彼に気づかれないように小声で話し合います。
「あの……ロズさん。先ほどの模擬戦、どんな感じでした?」
「オレは全力でぶつかったのにあいつはまだ余力を残しているようだった。それに、昨日よりも一撃は重いしオレの一撃も受け止めていた。もちろんアリシア嬢の魔法が昨日よりも弱かったってことはねぇ。あいつの強くなる早さが異常なだけだ」
「そう…ですね。本当に勇者は素振りしかしてなかったんでしょうか?」
「常識的に考えて素振りであんなに強くなるのはあり得ないだろうな」
「恐らく、彼は魔法を併用することであの動きを実現しているのでしょう」
後ろから突如かけられた声に、私たちは振り返ります。そこに立っていたのは、青くなった顔をしたエルトさんでした。
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