痛む頭を抱えて
歓迎会の翌日、俺は一日ぶりの柔らかい寝床で目が覚めた。ズクズクと痛む頭は昨日の飲酒量が度を超えていた事を物語る。乾く口内を潤す為に水を求め、寝床に沈めていた体をゆっくりと起こす。その途中で昨日の起床時の出来事を思い出していた。
冠を杯に戻し忘れた――正確には戻せなかった――せいで昨日は辺り一面赤黒かったが、今日の寝床はいつも通り雪原の如く真っ白だった。どうやら、途中から記憶を無くした頭でもそれだけは忘れずにいられたようだ。
ともかく、この痛む頭をどうにかしないと今日一日皆に『大声を出さないでくれ』と頼むしか無くなる。
そんなこともいざ知らず、俺の部屋に大声と共に飛び込んでくる者がいた。
「ご主人ー!おはよー!!」
ケルベロスは昨日レリフが暴れたにも関わらず、昨日までと同じように元気一杯挨拶をする。いつもの俺であれば『元気が良くて微笑ましいな』とでも言って彼女の頭を撫でてやるだろうが、今の俺にはその余裕はなかった。頭の中で反響する大声にしかめっ面をしてしまう。
「おはようケルベロス。できれば小さめに話してくれないか?頭が痛くてな……」
「わかったー…。あのね。リィンお姉ちゃんがご主人を呼んできて欲しいって」
「リィンが?そういえばケルベロスが朝起こしに来てくれるなんて珍しいな。すぐに向かおう」
口ではそう言うものの、二日酔いの頭ではキビキビと動けるはずもない。その準備は目の前の彼女から見たらのろのろとしているように見えたのだろう。
「ご主人ー。はやくはやくー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
痛む頭をどうにかするために、半ばやけになって回復魔法を発動させる。アルコールを分解させるために代謝を上げる目的があってのことだ。目論み通り、みるみる内に頭は冴え渡っていくが、代わりに盛大に腹が鳴った。それを聞いて、ケルベロスは俺の動きが鈍い原因を空腹と勘違いしたらしい。
「ご主人もお腹空いたの?じゃあ早く行こ!リィンお姉ちゃんのお願いを聞かないとごはん作れないみたいなの……」
「それは一大事だな。急ごう」
先程までの動きとは段違いの早さで身支度を整え、自室から飛び出した。ケルベロスの先導で食堂に向かうも、そこには見るに耐えない光景が広がっていた。豪勢な料理は散乱し、それを載せていたであろう大皿のいくつかはひっくり返っている。そのため料理にかかっていたソース類が純白のテーブルクロスに色とりどりの染みを作っていた。
そして、この惨状の主もそこにいた。机に頬擦りするようにうつ伏せになり、寝息を立てている彼女の顔は安らかなもので、その外見も相まって食事中に睡魔に負けてしまった子供を彷彿とさせる。その頭にあるはずの銀の王冠がないこともそれに拍車を掛けていた。
もし彼女が外見通りの年齢であれば、「しょうがないな、ほら起きろ」と優しく声をかけていただろうが、魔王である彼女はゆうにその十倍は生きているのだ。その為容赦をする理由は俺に無かった。俺が大きく深呼吸をすると、案内してくれたケルベロスは察したのか耳を塞ぎながらその場から脱兎のごとく逃げていった。
「レリィィーーーフ!!」
俺の怒声を間近で受けた彼女は目を白黒させながら文字通り跳び起きた。
「ななな、何じゃ!?何か出たのか!?」
起き抜けで状況が分からない、といった彼女は左右を見渡すが、正面にいる俺の顔を見るとみるみるうちにその顔から血の気が失せていった。それもそのはず、俺の顔は正反対に怒りで真っ赤になっていたからだ。
「これ、わかるよな?」
俺は振り向かず、右手の親指で背後を指す。それだけで言いたいことが十分理解できたらしく、彼女は何回も頷いていた。そんな彼女に俺は続けて言う。
「掃除、始めるぞ」
「分かったのじゃ……」
――――――――
半刻ほど経ち、レリフは手を動かしつつ、今更ながらの質問を投げ掛けて来た。
「何でお主も片付けておるのじゃ。暴れた我のせいじゃし我が全て片付ける。お主は休んでおれ」
「そうしたいのは山々だが腹が減って仕方がない。一刻も早く何か口にしたいが、さすがにこの料理を胃に放り込むのは気が引ける。だからさっさと手を動かしてくれ」
「済まぬ。我が呑んでしまったからに……」
「手を動かせって言ってるだろ。それに俺にも飲ませた責任がある。だから半分は俺のせいだ」
そんなやりとりをしていると、食堂の主であるドラゴが顔を覗かせる。
「お、カテラ。昨日はあんなんだったがもう大丈夫なのか?」
「二日酔いなら治した。というか回復魔法が使えるならまずは試すだろ。代わりに盛大に腹が減ったがな」
「つってもなぁ。回復使えんの魔王ちゃんだけだしな……。にしても魔王ちゃんが人にあんなに飲ませるなんて珍しいねぇ」
「やっぱりお前の仕業かよ!いくら羽目を外そうが記憶を無くすまで飲むはずが無いと思ったんだよなぁ…!」
「そのはずはない!ドラゴよ、どうか間違いだと言っておくれ……」
「魔王ちゃん、諦めた方がいいぜ……全員見てたしな…」
腹の中で燻る微かな怒りを顔に出さないように気を付けながら、軽く震えるレリフに告げる。
「まぁ元はと言えば飲ませた俺が悪い話だ。それにこれからはそうならないように気を付ければいい。だから心苦しいがこれからは断酒だ。我慢してくれ」
「分かったのじゃ…本当に済まなかったの……」
反省する彼女からは、悪気は一切見られなかった。だが、その悪気の無さが一層質を悪くしていた。
どうしたものか――と先ほどとは違う原因で痛む頭を抱えるのだった。
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