【勇者Side】鍛練の成果

 煌々と輝く満月が西に傾き、あと幾許かすれば東の空が白み始めるであろう頃、山頂に鎮座する砦の傍にて勇者は豪奢な甲冑に身を包んだ謎の女性と未だに剣を交えていた。その手に持つ剣は邂逅後の一撃で歯溢れこそしていたものの、幾度と無く鳴り響く剣戟の音からは折れる様子は見受けられなかった。


 彼は剣に変身魔法を掛け続け、その強度を増していた。それと同時に自身にも時折同様の魔法を瞬間的に掛け、速度の緩急を付けることで受け止めにくい剣筋を生み出す。そして今は全霊を籠めた一撃を繰り出せる機会を作る為に彼女の細剣レイピアによる堅い守りを崩そうと躍起になっていた。


 足に力と魔力を籠めて、彼女の背後を取るようにステップを左右に刻む。だが、それも想定していたと謂わんばかりに彼女は先ほどから一歩も動かず俺の猛攻を受け流していた。それどころか、隙を見ては鋭い突きを繰り出して来るため、俺の手はその度に守りに回ってしまう。そのせいで俺は攻めきれずにいた。


 そして、彼女の攻めに意識が向くと、足に籠めていた魔力が霧散し機動力が奪われてしまう。そこからは先ほどとは一転して彼女の斬打突が入り交じる猛攻を凌ぎきれず敢えなく敗れる、ということを十回以上は繰り返していた。現に今も、左手の盾を使って剣の嵐から何とかして身を守るのが精一杯だった。


「今回も守りを崩されて終わりか!?学習しない奴だな!!」


 彼女は攻撃の手を緩めること無く俺を挑発するような言葉を放つ。実際、このままではいつか崩されて終わるだろうことははっきりと実感していた。何とかして彼女の手を止めなければ。一瞬、ほんの一瞬でいい。隙を作り出せれば一撃くらいは与えることは出来るだろう。


 一か八か、俺はある賭けに出ることにした。狙いは突きが盾に当たる瞬間。変身魔法で盾全体の強度を著しく下げ、突けば穴が空いてしまうほどに脆くした。案の定、彼女の突きは俺の盾を貫通し、先端から三寸ほどを覗かせていた。


 彼女は俺の狙いが分かったのか、慌てて引き抜こうとするがその時にはもう手遅れだった。俺は続けて盾の形状を変え、細剣レイピアをガッチリと咥え込むようにする。これで彼女の剣は使い物にならなくなった。これで優位が取れた――そう考えたのが間違いだった。


 彼女は引き抜けないと見るや否や、飛び退くと左足で盾と同化した細剣レイピアの柄を思い切り蹴り飛ばした。先ほどまでの剣戟とは段違いの音量でもって奏でられた金属音は、その蹴りの威力を物語っていた。そして、その威力は俺の左腕にも伝播する。盾ごと左腕を持っていかれ、胴体ががら空きになってしまう。


 彼女はそれを見逃す訳も無く、容赦せずに俺の鳩尾に拳を入れてきた。常人離れしたその膂力りょりょくには金属の鎧など無いにも等しく、もろにそれを喰らってしまった俺は膝をついてしまう。


「がはっ!ゲホッゲホッ!」


 思わず咳き込んでしまう俺に対し、目の前の彼女は健闘の言葉を述べる。


「先ほどよりかは長く持ったな。それに先程の魔法も悪くない。相手の武器を取り上げるというのは多くの場面で優位に働くが、その先も予想して動けるのであれば更に生かせるだろう」


 彼女はそう言いつつも盾から細剣レイピアを引き抜く。盾に固定するため掛けていた変身魔法は腹への衝撃によって解かれていた。


「例えば今の状況も、私が貴様の体勢を崩す為に柄を蹴ることを予想していれば、蹴りの瞬間に再度盾を軟化させ剣だけを遥か彼方に飛ばさせることも出来た訳だ」

「そんなの……予測出来るわけねぇよ……」


 胃からせり上がる酸っぱいものを抑えながら、俺は彼女に口答えしながら立ち上がる。だが、彼女はそれを意に介さず続けた。


「これに関しては経験を積めとしか言いようが無いな。ともかく、私が貴様に教えることはこれで全てだ。先程の健闘を称して、私の名前だけは教えよう」


「我が名はアルテマ。究極を体現せし者なり」


 彼女がそう名乗ると同時に、海から太陽が顔を覗かせる。その後光を受けた彼女は甲冑の装飾も相まって、神々しさまで覚えるほど美しかった。さながら、神話に出てくる戰乙女ヴァルキリーと言われても納得できる。

 それは、先ほどまで抱いていた『魔王に与するもの』という印象とは正反対で、彼女の正体を更に謎めいた物にさせた。彼女に問いただしてもその正体を明かしてくれることは無いだろう。


 そんな彼女は呆然としている俺の横を通りすぎ、その場を後にしようとする。たまらず俺は振り返り呼び止める。


「もう行くのか?なら一つだけ言わせてくれ。色々とありがとう。次会うときは敵じゃないことを祈る」


 その言葉に彼女は足を止め、顔だけ振り帰って言った。


「それは、己が倒されるかも知れないからか?それとも、強くなって私を倒すからか?」

「あんたは倒したくない。それだけだ」


 その言葉を彼女は一笑に付し、そのまま音も無く消えてしまった。


 無意識的に俺は握った右手に力を籠め、あることを決意する。


 俺は俺以外の全員を利用して何としてでも目的を遂げる。彼女の正体が何であろうと関係ない。魔王だろうが神の遣いだろうが、彼女から教えてもらった技術を使い、魔王をこの手で倒す。


 こうして、奇妙な甲冑との一夜は終わった。

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