【勇者Side】足りないもの

 俺の「自分自身の為に魔王を倒す」という他の勇者であれば口にしないであろう答えを聞いた彼女は大層愉しそうに笑っていた。


「ははははは!!!そうかそうか!己の為、そんな答えをしたのはお前が初めてだぞ。今までの勇者はやれ『人類の為』や『平和の為』等と歯の浮くような戯言をベラベラと語ったものよ……。いいだろう。面白い事を聞かせてくれた礼だ。強くなる為に聞きたいことがあれば何でも訊け」


 目の前の甲冑はもう少しで笑い転げてしまうのではないか、という様子だった。そんな彼女に向けて先程の質問を一つずつ投げ掛ける。


「お前の正体は?人間ではないことは確かだが正直魔王に肩入れしてるとは思わない。それなら俺を強くする意味がないからな」

「それは強くなる為に必要なことでは無いだろう。他の事を話せ」


 事実、何故目の前の彼女は俺を強くしたいのだろう。魔王の手先であれば逆に俺を殺しにかかってくるはず。その疑問にたいして暫し考え込むが答えが出ないので次の質問をすることにした。


「先程、剣で魔法を逸らしていたがあれは俺にも出来る芸当なのか?」

「鍛練次第で出来るようになるだろう。もちろん女神から才を与えられたお前にしか習得できないものではあるがな。理論的には――」


 彼女は言葉の途中で納めていた細剣レイピアを抜ききっさきを指差して説明する。


「ここにだけ変身魔法で『魔法を通しやすくする』性質を加えて振る。そして軌道が変わった直後に解除すればあたかも剣で逸らしたように見えるということだ」

「そんな理論聞いたこと無いんだが……本当に可能なのか?」

「実際に可能だからこうして説明している。私でさえも習得に1年を要した。お前はどれくらいで習得できるかな?」


 今までも魔法を使う敵と交戦することは何度かあったが、発動前に切り捨てることでやり過ごしてきた。だが、これからのことも考えてこの技術はなんとしても習得したい。


「コツは無いのか?」

「相手の魔法と得物にかける魔法のバランスだ。どちらかが強すぎるとこの技は成立しない」

「成る程。他には?」

「コツではないが一つだけデメリットがある。この技は投射系の魔法にしか使えない。そのため範囲魔法である上位魔法のいくつかは逸らせないから注意しろ」

「分かった。次の質問だが、俺に足りないものを教えて欲しい。今のままではダメだということは分かるんだが具体的に何が足りないのかが分からない」


 この問いに彼女は逡巡し、一つの答えを提示してきた。


「魔力の使い方だな。せっかく魔法が使えるというのにそれを攻撃にしか使わないなど勿体ないではないか。見たところ支援魔法を使っていないようだが何か理由があるのか?」

「使っていないんじゃなく使えないんだ。それに、俺のパーティーメンバーには支援魔法を得意とする者がいるから使う必要も無い」

「それは違う。使う必要が無いという事も、貴様が使えない事、両方とも間違っている。魔力が備わっているということは、即ち素質的には全ての魔法が使えることを示す。攻撃魔法のみ使える、という事はあり得ないのだよ」


 その言葉に俺はあの無能クズを思い出していた。魔力だけは人一倍有るのに魔法が使えないアイツがいる限り、その理論は間違っていると胸を張って言える。現に今も彼女に向かってそう言った。


「それこそ間違っている。一人だけ、魔力は有るのに魔法が使えない無能の事を知っている。あの『稀代の魔法使い』と言われたカテラ・フェンドルの事だ」

「ふむ……このままでは話が平行線になるな。魔力云々の話は置いておき、貴様が全ての魔法を使えることは確かだ」


 彼女の話は疑わしい。そもそも俺は一週間前まで魔法を使ったことすら無い。教えて貰っても無いものを使えるのだろうか?そう考える俺に彼女は一言だけ言った。


「体を動かす際に、力だけでなく魔力も籠めろ。それだけで動きが良くなるはずだ」


 半信半疑で彼女のいう通り、足に力を込めると同時に魔力を籠めてから動かす。目標は三歩先にいる彼女の背後。すると、一瞬で彼女の背後を取ることが出来た。彼女は俺の方を振り向きつつ言う。


「どうやらコツは掴めたみたいだな。お察しの通り、それは支援魔法ではない。分類的には変身魔法の類いだ。だから仲間の支援魔法も乗せることが出来る。これで十分か?」


 彼女のいう通り、足を止めると同時にそこに籠めていた魔力が霧散し、いつもの状態に戻っていることを理解する。支援魔法であれば魔力を注ぐのを止めても暫くの間は効力が続くため、変身魔法であることが分かった。


「俺、攻撃魔法以外も使えたんだな……」

「貴様は赤子の頃、誰かに歩く方法を教わったか?人が誰しも歩くことが出来るように、魔力を持つものは誰しも全ての魔法が使える。ただ、その事を理解せず、『己はこれしか使えない』と思っているから一つや二つの魔法しか使えないのだよ」


 俺は全魔法使いに対する暴言とも言える主張を黙って聞いていた。もし、あの無能クズがここにいたらどんな顔をするのだろうかと考えていたら、笑いを堪えずにはいられなかったからだ。ただ、それも長くは続かない。


「それでは、実践といこうでは無いか。剣を抜け」


 いつの間にか細剣レイピアを抜き放ち、戦闘体制に入っている彼女の誘いに応える為に、俺も気を引き締めて剣を抜き、前へと躍り出るのであった。

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