【勇者Side】一時の帰還

 日が傾き、船乗り達に語る話も無くなった頃になってようやく港町が見えてきた。朝早くに出発した時には時間帯も相まって人はほとんど居なかったが、今となっては船着き場を埋め尽くす程に人が溢れていた。


 その原因は船が港に接岸するとすぐにわかった。アリシア、ロズ、エルトの三人がそれぞれの職業と思われる者に囲まれてやんややんやと担がれて居た為だ。特にエルトの回りにはローブを着込んだ魔法使いらしき者が他二人の倍近く居た。ざっと数えるだけでも30人は下らないだろう。


 それでも、港町にいる殆どの者の目線は俺が独占していた。彼らの口からは魔王討伐への期待の言葉が次々と飛び出してくる。その声に笑顔を返しながら、この状況を楽しんでいた。この俺の姿を一目見ようとこれほどまでの人数が集まった。魔王を倒せば彼ら一人一人から今以上の称賛を受けられるとなると笑みを抑えられなかった。


 聖剣、即ち魔王を倒すための力はこの手の中にある。あとは奴の元まで辿り着くだけだ。そうと決まれば早くここから出発しよう。船から港に降りると人の波は左右に別れ、仲間の三人とはすぐに合流できた。何故こんなことになっているのか彼女らに聞いてみる。


「すごい人だかりだが、何か有ったのか?」

「エルト嬢がレイノール家の偽物を騙る野郎をとっちめたらこうなった」

「まぁウチの名前を騙る者はたくさん居るので日常茶飯事ですがね」


 そう語る彼女はいつもと異なり、少しだけ面倒臭そうな表情を浮かべる。ともかく、これで原因は把握できた。恐らくその途中でエルトこそ本物である事がバレた為勇者の仲間がここにいる、即ち勇者が居るということが町中に広まったのだろう。考えを巡らせているとアリシアがその口を開く。


「あの……これからどうしましょうか……。この人だかりだと移動するのも一苦労ですが……」

「アリシア。転移魔法でフェレール王国に飛んでくれないか?国王陛下に聖剣を手に入れた事を伝えたいんだ」

「分かりました。それでは……転移魔法テレポート!」


 こうして人の海からなんとか脱出した俺たちは、フェレール王国の城下町に立っていた。日が傾き始めた時間帯だというのに人出は昼間と殆ど変わらないのは流石王都といったところだろう。先ほどの港町よりかは密度は低いものの、大通りは人に溢れていた。先ほどの様に人に囲まれると王城に着く頃には夜になってしまう為、特徴的な髪を隠すように外套を羽織ってフードを被る。それが功を奏したのか、城下町では呼び止められる事は無かった。


 王城の入り口にたどり着いた所でフードを脱ぎ、勇者であることを告げるとすぐに王の間へ通された。国王は俺たちを一瞥すると興味なさそうな目をして問いかける。


「して、何用かな?勇者ヒストよ。4人揃っていることからして、前回のような報告ではないようだが」


 忙しいのに呼びつけるとは何事だ、と言わんばかりの口調であったが、それも俺の報告を聞いた途端に一転した。


「陛下、お忙しい所時間を裂いていただき恐縮です。『最果ての島』にて聖剣を手に入れた為、その報告に参りました」

「なんと!やはりそなた選ばれし者であったか!あの魔法使いの一件から、そなたも身分を騙っていたらどうするべきか胃が痛いところだったのだよ!」

「またまたご冗談を。勇者の名を騙る事は運命の女神様を騙るも同義。あなたのような名君が統べる国にそのような者が居るはずありません」

「ははははは!おだてても何も出んぞ!?」


 聖剣を手に入れたと分かった途端その声色は楽しげな物に変わる。魔王討伐に必要な二つのピースの内、ひとつを手に入れた事が分かったからだ。残すは魔界へ渡る手段、大魔方陣の封印を解く『魔界のオーブ』が必要なのだが、出発したときにはその在処は分からなかった。その為今まで50年前の履歴から何処にあるのか探して貰っていたのだ。


「話を戻そう。お主が真の勇者だと分かったことでやっと話せるようになった。『魔界のオーブ』についてだが、南のガランザ砂漠にあるピラミッドにあるのではないかと推測される」

「ありがとうございます陛下。明日にはここを発ち、ピラミッドを目指します。それでは失礼……」

「待たれい、勇者ヒストよ。聖剣の眠る島への長旅は疲れたであろう?今宵は我が城にて休むがよい。すぐに食事と部屋を用意させよう」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


 国王の言葉通り、俺たち一人一人に客室があてがわれ、食事まで待っていて欲しいと使用人に伝えられた。天蓋付きの豪奢なベッドや所々に金があしらわれた白亜の調度品の数々は間違っても三年前の、勇者に選ばれる前の俺では目に入れる事も叶わないような物ばかりだった。


 もしもさっきの話のように俺が『勇者』を騙っていたら、通されていたのは客室ではなく良くて牢獄、最悪絞首台だ。本当にあの無能クズは馬鹿なことをしたものだ。勇者一行に選ばれた時点でバレることは分かっていたのに三年間逃げないなんて、自殺行為であることは誰にでも分かる。それほどまでにバレない自信があったのか、それとも名声に目が眩んだのか。いずれにせよバカであることは間違いない。


 奴は今ごろ何をしているのだろうか。捕まらないように人目を避けて、今もオドオドと怯えて過ごしているのだろうか。少なくとも今俺の居るような豪華な部屋で安穏としていることはあり得ない事だけは分かる。もし国王と一対一で話す機会があれば訊いてみるのも一興だろう。


 そんな俺の思考は規則正しいノックの音で遮られる。入ってきた使用人から告げられた国王との会食は、無能クズの行方を知る絶好の機会だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る