【勇者Side】二体目の甲冑
私の支援魔法がどれくらいかを確かめるべく行った模擬戦を終えると、私達はエルトさんが休んでいる宿屋の一階で四人揃って夕食を食べていました。私達以外には誰もいない為、少しくらいは騒いでも問題はありませんでしたが、騒いでいるのはロズさん一人でした。ここの宿屋は飯が旨えんだ、と自慢げに語る彼女の顔は少し赤く、手に持っている木製のジョッキの中身がお酒だという事を示していました。対して勇者は面白くなさそうな顔で黙々と焼き魚の骨を処理しています。
ロズさんとの模擬戦を終えてからずっとこのような状態で、声を掛けられても短く『何でもない』とだけ答えます。それはまるで、怒られて拗ねた子供のような態度でした。私やロズさんはどう声を掛けたらいいのか分からず、結局半ば放置しているのが現状でした。事情を知らないエルトさんは我関せずといった様子で同じく魚をつついていました。そんな中、ロズさんがこの沈黙には会わない酔っぱらった明るい声で
先ほどの模擬戦の事を話しだしました。
「にしてもよ、アリシア嬢の支援魔法はもう一級品だな!さっき掛けられたら体が羽根のように軽くなってよ、なんつーか何でもできるような気がしたぜ」
「そんなにですか?さすがはアリシア先輩ですね。それなら、勇者様にかければあの甲冑なんて敵じゃなくなりますね」
「そうだそうだ!それに明日は聖剣を手に入れてさらにパワーアップするんだろ?勇者とアリシア嬢の支援魔法が組み合わされば魔王ですら怖くねーよ!」
その言葉を聴いた勇者は、食事の手を止めて冷めた口調でロズさんに言い放ちます。
「そうだな、さっきも言ったが明日の朝早くにここを出る船に乗るつもりだ。皆しっかりと睡眠を取っておいてくれ。俺は一足先に寝させてもらうよ」
彼はそう言うと食べかけの皿を残して二階へと上がっていってしまいました。それを見届けた私たちの間には次第に会話が増えていきます。
「全く、勇者の野郎はオレに負けたことがそんなに悔しいのかね。エルト嬢にも見せてやりたかったよ、アイツの悔しそうな顔をよ」
「そうしたいのはやまやまですが、流石に疲れててそれどころではありませんでした。今も意識を保つので精一杯です」
「エルトさんも限界の様ですし、私たちも手早く食べて寝る準備をしましょうか」
そのあとは会話も無く、夕食を食べた私たちは早々と寝ることにしました。
――――――――
俺は夕食を切り上げ、部屋に戻ると時が満ちるまでベッドに寝転んでいた。ただし、寝るつもりは毛頭ない。三人が寝静まったところで宿屋を抜け出し、俺一人で鍛錬を積む為、起きている必要がある。女神の加護は、俺に様々な恩恵をもたらしてくれた。剣と魔法の才、限定的な不老不死、そして、寝食の必要性が薄れた体。今の俺は食事、睡眠をわずかに取るだけで一週間は動けるほどの状態にある。現に今も、一日を終えてベッドに寝転がろうが欠伸一つも出てこない。
鍛錬する理由は今日一日を過ごして今のままではダメだという事がはっきりと分かったからだ。朝の魔王らしき者から発せられた殺意、あれは俺がこのままのペースで力をつけていっても敵う相手ではないことを示していた。そして先ほどの模擬戦。支援魔法が掛けられていたとは言え、ロズ相手に何もすることが出来ずに負けた。
もちろんアリシアの支援魔法が強力になったことは喜ばしい。そのおかげであの忌々しいクソ甲冑を殺せる算段が付いた。しかし、それでも問題点が一つある。支援魔法を掛けられたロズが俺以上の実力を発揮することだ。俺の目的はあくまで魔王を討伐したうえでその報酬を独占すること。その為には俺以外の奴が活躍しないことが必須条件だった。
とはいえ、先日の
なのに何故あのような
その後も様々な事に――主に魔王討伐後の事について――思案を巡らせ、窓から見える満月が空高く上がるまで待つ。
頃合いを見て、目立つ緑色の髪を隠す為に麻の外套を羽織り、フードを目深に被って静かに宿屋を後にした。目指すは西、着た道を戻って魔物を探す。ソイツに支援魔法を掛けて強化してやれば、少なくとも剣の一振りで終わってしまうことはないだろう。そう考えながら俺は西へと向かった。
――――――――
そんな勇者を見据える影が一つ、宿屋の屋根の上に在った。奇しくもその主は先日まで勇者を襲っていた甲冑の物ではあるが、至る所に金の装飾が施されており、同様の装飾が施された細剣からも先日の甲冑ではないことを物語る。顔は兜で覆われており伺えないが、その声色から女性であることだけは確かであった。
「こちらアルテマ。勇者を発見した。これから追跡に入る」
凛とした声で誰かに報告すると、その影は音もなく消えた。
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