歓迎会

 ドラゴが歓迎会の準備に張り切っているので、それとなくなにか出来ることは無いか聞いてみたものの、『おーさまなんだから大人しく座っとけ』と言われ、手持ち無沙汰になった俺は王座に腰掛け豪勢な夕食を待ち望んでいた。大広間には俺一人、リィンを除く全員は食堂で話に花を咲かせたりドラゴの手伝いをしていた。


 そんな中、大広間の扉がゆっくりと開かれる。そこから顔を覗かせたのは、俺たちを説教してから行方がわからなかったリィンだった。彼女は王座に座る俺の姿を見つけると、ばつの悪そうな顔をしてこちらに近付いてきた。二人の距離がおおよそ2mほどになる所で立ち止まり、頭を下げてきた。


「あの、お兄さん。さっきは言い過ぎました……ごめんなさい」


 彼女の謝罪の言葉に俺は王座から立ち上がり、彼女の手を取って気持ちを伝える。


「もし俺が同じ立場だったら同じく怒ってたさ。だからこそリィンが何故怒っていたのかも分かる。俺からも言わせてくれ。済まなかった」


 だが、彼女はいじらしい顔をして自分の要求を伝えてきた。どうやら手を握る位では許してくれないらしい。


「これ位じゃ許しません。私、寂しかったんですよ?付き合い初めの頃なんて、一番そばにいなきゃいけない時期なのに……」

「……悪かった」


 彼女の言葉に短く返事をし、その体を抱きしめる。女性特有の柔らかな感触と、ずっと嗅いでいたくなるような良い薫りが金の髪から香る。だがそれでも彼女は許してくれないらしい。


「……足りません。もっと強く抱きしめてください」


 彼女の言葉に従って、彼女が苦しまない程に止めて腕に力を籠める。それで満足したのか、彼女も俺の腰に腕を回してきた。

 しばらくすると、彼女の呼気が徐々に激しくなってくる。苦しいのか、と腕の力を緩めると咎めるように腰に回された腕に力が入る。その間にも彼女の呼吸は乱れていく。


「リ、リィン?」

「……」


 呼び掛けにも応じず、彼女はただただ俺の首筋に荒げた息を浴びせてくすぐってくる。その息は口からの物では無く、彼女の鼻から出た物だと言うことがなんとなく分かる。そう、彼女は俺の匂いを嗅いでいたのだ。なぜそんなことをするのかは不明だが。


 その事実を理解した瞬間、恥ずかしさが込み上げてくる。顔は火が出そうなほど熱い。さぞかし真っ赤になっていることだろう。幸いにも、俺の顔を見ることが出来る者が居ないことだけが救いだった。逃げ出そうにも彼女に腰を掴まれているため出来ず、俺はそのまま彼女が満足するまでされるがままになるしかなかった。


 先程受けた説教よりも長い時間の抱擁を受けた俺は、リィンと一緒に食堂に向かう。窓の外を見るとすっかり日は傾き、半分以上が地平線の向こう側に沈んでいた。


 食堂には全員がおり、入ってきた俺たち二人を見るやいなや騒ぎ立てる。


「遅いぞお主!もうすぐ我らだけで始めてしまう所じゃったぞ!」

「カテラ、リィン、早く席につきな。せっかくの飯が冷めちまうぜ?」

「ご主人!はやくはやく!」


 三人が待ちきれないという様子のなか、今回の主役であるルウシアは膝に手を揃えて大人しく座っており、その光景を微笑ましそうに見ていた。


 どうやら結構な時間待たせていたらしい。腹の虫も俺を急き立てるので早々に乾杯をして始めるとしよう。


 上質なワインが入ったグラス――もちろんレリフの物は中身を差し替えてある――をそれぞれに持たせ、乾杯の音頭をとる。


「それでは、新たな仲間ルウシアの加入を祝って、乾杯!!」


「「「「乾杯!」」」」


 カチン、とグラス同士がぶつかる音がした後は、それぞれ好きなように過ごしていた。新しい仲間と話をする者、好物である肉の皿を独占し早々に平らげてしまう者、それを見越して調理場に立つ者。

 そんな中、右隣に座っているレリフだけがしょげていた。理由は訊かずとも分かる。そんな彼女に語りかける。


「なぁレリフ」

「…なんじゃ?酒を飲んでいい以外の言葉は聞かぬぞ」

「……この話が終わったら飲んでもいいぞ」


 俺が苦笑しながら放った言葉に、本当か!?と目を輝かせる彼女に向けて感謝を述べる。


「色々とありがとうな。俺の目的に協力してくれたり、機会を作ってくれたりと、感謝してもし切れない位だ」

「何じゃいきなり……もしかして先程の乾杯で酔ったのか?」


 そうおどける彼女の頬は酒を呑んでいないにも関わらずほの赤い。


「そういうことにしとけ。ただ、これだけはレリフが素面の時に聞いてほしかったんだ。だから――」


『嗜む程度なら飲んでいいぞ』


 俺の言葉を聞いたレリフ以外の面々が凍りつく。それに反してレリフは待ってましたと言わんばかりにグラスに並々とワインを注ぎ、一気に飲み干した。

 みるみる内に血色が良くなっていく彼女の顔と相反して、惨状をよく知る者達の顔は青くなって行く。


「おいカテラ!魔王ちゃんは一杯で酔いどれになるほどに下戸なんだよ!今すぐ吐かせろ!」

「そうですよお兄さん!今なら間に合います!」

「そんなに!?下戸なのに酒癖悪いとか最悪じゃねーか!」


 必死になって止める二人。その制止もむなしく、レリフはすでに出来上がっていた。


「我こそ魔王の中の魔王!大魔王レリフであるぞ!ふはははは!!」


 突如降臨した酔いどれ大魔王に、歓迎会が台無しにされたのは語るまでもなかった。


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