歓迎

 ルウシアとじゃれていたケルベロスだったが、突如として自分のやるべき事を思い出したらしい。


「ご主人が帰ってきたこと、皆に知らせてくるね!」


 とだけ言い残し、大広間の方へ駆けていった。

 当のルウシアは言うと、やっと解放されたと安堵していたがその息はまだ荒く、肩で息をしている。彼女の呼吸が整ったことを確認してからケルベロスの背中を追って大広間へと向かった。


 そこには魔王城に残した三人が違う表情をして立っていた。俺達が帰ってきたことが純粋に嬉しいのか、尻尾を左右に振るケルベロス。その隣には疑いの目を俺に向けるリィン、さらに隣にはうずうずした様子のドラゴが、それぞれの表情に則した口調で「お帰りなさい」と口々に言う。


「ご主人、お帰りなさい!遊んで遊んで!」

「カテラァ、いっちょバトろうぜ!」


 興奮している二人を制して俺は自身の要求を伝える。


「待て二人とも。とりあえず飯にしたい。空腹で倒れそうだ」


 そんな中、リィンだけは落ち着いた、それでいて僅かに怒気を孕んだ口調で俺に伝える。


「それよりも、お兄さん?その方は誰ですか?」


 彼女の顔には満面の笑みが張り付いていたが、その裏には隠しきれない怒りが醸し出されている。それもそのはず、彼女と俺はつい先日互いの想いを確かめた仲だ。一週間も立たないうちに新しい女性を連れて帰るなど怒られて当然だった。リィンが発する威圧感に大広間は水を打ったように静まり返る。


 その静寂のなか、俺は彼女の機嫌を損ねないように細心の注意を払いながら恐る恐る言葉を紡ぐ。


「彼女はルウシア。森人エルフの女王、アルテーの娘だ。これからここで一緒に暮らすことになったから、仲良くしてやってくれ」

「ど、どうも、ご紹介に預かりましたルウシアですわ。レリフ様とお母様の間でされた約束により、陛下とともに暮らすことになりました。よろしくお願いいたします」

「待てい。その約束はカテラが我に課した罰で白紙になったじゃろう。我のせいにするでない!」


 リィンと俺の仲を知るレリフの間で責任の擦り付けあいが起こる。互いに冷や汗をかき、やや早口で弁論しあう。


「白紙も何も、そもそもその約束が無かったらこうなって無かっただろうが!」

「そ、そんなことはなかろう!お主は先程ルウシアの意思で決めてくれ、と言って今の状況があるのじゃからな!」

「二人とも?」


 リィンにしては少し低い、威圧を目的とした声に俺たちは黙るしかなかった。それを見たドラゴは決着が付いたと判断したのか、ルウシアとケルベロスをつれて大広間から避難を始めた。


 そして、眼前の怒れる悪魔による長い長い説教が始まった。俺たちはそれをただただ聞いているしかなかった。


 ――――――――


 半刻ほどして解放された俺たちの空腹は限界を迎えていた。単純に朝から何も口にしていないこと加え、先程かかった心的ストレスに因る物もあるだろう。互いに口喧嘩する元気も出ず、亡者のようにふらふらと食堂に向かう。近付くにつれ、食欲を刺激する香りが辺りに漂い、それを道標にして二人は言葉無くゆっくりと進んでいった。


 やがて食堂にたどり着くと、ドラゴが張り切って様々な料理を仕込んでいた。どう見ても俺達二人へ向けた料理には多い材料の数々は、夕食が豪華であることを窺わせる。だが、俺達はそこまで待っていたら餓死してしまいそうなほどに腹を空かせていた。


「に、肉……」

 俺は絞り出すようにドラゴにリクエストをするも、集中している彼女には届かなかったらしい。

「さ、酒……」

 隣にいるレリフのリクエストも同様だった。そもそも酒で腹は膨れないどころか更に腹が空くだろうに。


 そんな俺たちを見かねてか、ルウシアとケルベロスが近寄ってきて心配の言葉をかける。


「陛下?レリフ様?大丈夫ですか?」

「ご主人……魔王様……大丈夫?」

「なにか腹に入れるものを……」

「パンの一欠で構わぬ……恵んでほしいのじゃ……」


 やがて二人が持ってきたパンとスープを胃に放り込むと、次第に体に力が漲ってきた。


「死ぬかと思った……魔王が自分の城で餓死するとか冗談じゃねぇ……」

「まったくじゃな。何故このような事になったんじゃろうな」

「事の発端はお前が――いや、もう良いか。言い合ってても結論は出ないだろうしな」


 じゃな、と短く返事をしてパンを口に放り込むレリフをよそに、ドラゴへ何故こんなにも料理を作っているのか問う。


「そりゃあ新しい家族ができたんだ。盛大に祝わないとなァ?」

「ドラゴさんがわたくしの歓迎会をしようと提案してくださり、早速張り切って準備されているのです」

「ふむ、歓迎会とな?もちろん酒は出るのじゃろう!?」

「出たとしてもお前はダメだ。酔ってデタラメな事言い出されたら手に負えん」

「その話からすると、さっき魔王ちゃんが言ってた『罰』ってのは酒を禁止する事か?」


 ドラゴは食材の下準備をする手を止めずに、こちらに顔だけ向けて俺に問う。


「そうだ。酔った状態とは言え人ひとりの生き方を勝手に決める約束をしたからな」

「あー、魔王ちゃんは酒癖悪いからなァ。酔った勢いでこの城をぶっ壊しかけた事は数えきれないほどあるしよ」

「そんなになのか?因みに飲む頻度は?」

「お主が来てからは断っておったが毎日飲んでたわ。流石に一週間も断つと手が震えて仕方ないのう」

「重度の中毒じゃねーか!!頻度によっては解除しようと思ったがやっぱりそのまま禁酒だ!!」


「嫌なのじゃぁああああ!!!!」

 この時のレリフの叫びは魔王城全体に響き渡ったという。

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