久々の我が城
アルテーへの報告を終えた後、俺達は魔王城に帰るため、西へ向かっていた。今は目的地とノトス大森林の中間に位置する平原をレリフ、ルウシアと共に歩いていた。太陽は中天で柔らかな光を発しており、昼時であることを俺たちに知らせている。だからだろうか、どこからともなくきゅるる、と可愛らしい腹の音が聞こえてきた。
その音を鳴らした人物は訊かずとも一目でわかった。ルウシアが顔を真っ赤にしていたからだ。不思議なもので、その音を聞いた瞬間に俺自身も空腹であることを自覚する。だが、取ってきたスコートの実は集落の皆に預けた為、手元に食べられる物が無いのが現状だった。
それならば、と魔王城を見やるも、遥か先にあるそれは豆粒のように小さくまだまだ道のりは遠いことを語る。ぐるりと見渡すと背後にはこんもりとした森林が、左右には山脈が広がっており、人が住んでいるような集落はない。それどころか、動物の気配すらなく手軽に食料を調達することは出来なさそうだった。
ならば仕方ない。一刻も早く城に帰り、ドラゴに飯を催促するのが一番手っとり早いだろう。その為に俺はある提案を二人にする。
「このペースだと城に着く頃には夕方になる。そこで一つ提案をしたい。俺が自分に支援魔法をかけてルウシアを担いで走る。レリフはそれを追いかける、というものだが、二人の意見を聞きたい」
「わたくしはそれで構いませんわ」
ルウシアは未だに赤らんだ顔で頷くが、レリフはむすっとした顔のまま黙っていた。
「……嫌じゃ。我も担いでゆけ!」
俺が彼女への禁酒令を出した直後はわんわんと泣きわめいていたものの、泣き止んでからはずっとこの調子だった。
「……分かった。背中に乗れ。ルウシアは俺が抱き抱えて走る」
そう言うとレリフは有無を言わさぬ速度で俺の背中にしがみつき、その細い腕を俺の首に回して落ちないようにした。俺はルウシアに近付き、彼女の腿と背中を腕で支え横抱きにする。もちろん
「二人とも準備できたな?レリフ、今から走り出すが振り落とされるなよ?ルウシア、フードを被っていた方が良い。髪が大変なことになるぞ」
その言葉を聞いたルウシアがフードを目深に被った事を確認し、俺は帰るべき我が城へと走り出した。
先程までの速度とは段違いのスピードで目的地に近づく。左右の景色は線状になって後ろへと流れていった。一分もしないうちに魔王城を擁する魔都サタラン、その城下町の入り口に到着していた。
魔界随一の規模を誇る都市には誰も居ない。その異様な光景にルウシアは困惑していた。
「陛下、レリフ様……何故ここには誰一人いらっしゃらないのですか?」
「そうじゃったな。事情を知らぬルウシアが困惑するのも無理はない。今は人間界との戦争でここの者は全員駆り出されておる。それもこやつが勇者との決着をつければ終わる。すぐに人がごった返すだろうよ」
そう言いながらもレリフはその足を魔王城へと進める。俺たちもその背中を追うようにして歩き出した。
「そうなのですね……それなのにわたくし達
「そんなことはないぞ。ここに暮らす者もおってな、彼らは人間界に赴いておるし、各都市には不測の事態にも対応できるように人員を残しておる」
このままだとルウシアが自責の念を負いかねないと見て、俺は話題を変えるためにある質問をする。
「となると、ここは色々な種族が集まって暮らしているのか?」
「そうじゃ。魔王城にドラゴやケルベロスがおるように、城下町であるここにも様々な種族が身を寄せあっておる。それぞれが違う役割をしててな、獣人は主に商人として、竜人は鍛冶や力仕事を、
遠くを眺めるような目をして語る彼女の話を聞いていたら、いつのまにか魔王城の入り口の前まで歩いていた。
俺たち三人並んでも入れるほどの大きさを誇る扉が、俺達が来たことを察知した者の手によって開く。顔を覗かせたのはケルベロスだった。彼女は扉を開けたと思いきや、俺に飛び掛かってきた。
「ご主人ー!お帰りなさーい!!」
その体をしっかりと受け止め、頭をわしわしと撫でてやる。気持ち良さそうに目を細める彼女は、ルウシアの方を見ると不思議そうな顔をして俺に訪ねる。
「ご主人、この人だぁれ?」
「彼女はルウシア。今日からここに住むことになった。仲良くするんだぞ」
「うし?」
そう彼女の名前の一部を復唱するケルベロスは、ルウシアのある一点を見つめていた。体型が分かりにくいローブを羽織っていても尚その存在感を隠しきれない双丘は、言われて見ればそれを想起させる。
ケルベロスは俺の手をするりと抜けると、ルウシアに向かって抱きつく。きゃっ、と小さくこぼす彼女にお構い無く、その暴力的な質量を誇るそれを弄び始めた。
対してルウシアは当然恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俺たちに『見ないでくださいませ!』と言うものの、ケルベロスを止める術もなくなすがままにされていた。
そういう『仲良く』じゃないんだよなぁ……と目の前の光景から目を逸らして思うのだった。
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