【勇者Side】甲冑対策

 目が覚めると、木製の天井が視界一杯に広がっていた。簡素なベッドから起き上がり、周囲を見渡す。どうやらここは病院の個室で、時間帯は朝の様だった。なぜここに居るのかを思い出す。そうだ、地下遺跡であの忌々しいクソ甲冑にしこたま殴られて気絶したんだった……アリシア、エルトは無事だろうか。もし何かあったら大変だ。そんな心配をしていると、木製のドアがノックされる。どうぞ、と返事をすると一人の男が入ってきた。


「よかった。意識が戻ったのですね。昨日の夕方からずっと目を覚まさなかったものですから心配しました。あ、申し遅れました。私はこの病院で医師をしておりますデリーと申します。以後お見知りおきを」


 眼鏡をかけた、いかにも知的そうな彼はそう名乗り、続いて仲間の安否を知らせてくれた。


「勇者様のお仲間は全員ご無事です。三人がかりでこの病院にあなた様を連れてこられた後、宿屋でお休みになられてます。お呼びしましょうか?」

「いえ、そこまでしてもらうのは気が引けます。もう歩けますので僕自身が迎えに行きます。回復魔法で治せない傷すら治してしまうなんて相当な名医とお見受けします。命を救ってくださり、ありがとうございました」


 そう言って深々と頭を下げる。アリシアがここに居ないという事は彼女の回復魔法でも治せない程の重傷だったのだろう。だが、彼の口からは予想もしない言葉が飛び出した。


「いえいえ、私は何もしていませんよ。勇者様ご自身の回復力で傷を癒したのです。私がしたことと言えば、ベッドを貸した位ですよ」

 微笑みながら謙遜の言葉を述べるデリー。彼は続いて興味深いことを口にする。

「『聖女』アリシア様があなた様を運び込んだ時におっしゃられていたのですが、どうやら今回の傷は回復魔法が効かない類の傷の様でした。その為ここまで運ばれてきたのです」


 回復魔法が効かない傷。あの甲冑との戦闘になった途端、エルトの魔法が使えなくなった事と関係がありそうだ。とにかく、彼女たちに俺が気絶した後のことを聞いてみよう。考えるのはそれからでも遅くない。


 デリーに治療費を渡そうとするが、『勇者様からお代はいただけません。ベッドを貸しただけですから』と断られてしまった。ここでも『勇者』の特権を実感する。ともあれ、あの甲冑が道を阻もうと、絶対に魔王を倒して今以上の名誉と名声を手に入れてやる。そんなことを思いながら仲間たちのいる宿屋に向かった。


 ――――――――


 宿屋の一室にて仲間たちと合流する。彼女たちは思い思いの言葉で迎え入れてくれた。それから、アリシアは回復魔法が使えなかったことを述べ、俺に謝ってきた。

『すみませんヒストさん。私、お役に立てませんでした……』

 水色の瞳に涙を溜めて、今にも泣きそうな彼女を宥める。そして、甲冑について話を聞きたいと話題を変えた。すると、これは仮説なのですが、と前置きをつけてエルトが話し始めた。


 部屋が密室だった時には使えなかった魔法が、出口ができてからは使えるようになった事。顔を掴まれた俺に対して回復魔法が使えなくなった事。この二つから考えられるのは『魔法を封じる力』があの甲冑にはあるという事だった。


「……攻撃魔法と転移魔法は、空気に魔力を流して発動します。その為密室の時は使えなかったのでしょう。逆説的に、密室を避ければ攻撃魔法は使えるという事です。よって、原則的に密室になりやすい地下や洞窟はできる限り避けた方が賢明だと判断します」


 表情を変えないままエルトは言い切ると、その口を閉じた。すかさずロズが『地下に入らざるを得ない場合の対策』を講じるべきだと提案する。


「その場合は密室を破る方法を考えた方が良さそうですね。例えばの話しですが壁が掘れそうな堅さであれば、勇者様やロズさんに支援魔法をかけて掘っていただくとかですね」

「それも一つの手だがエルト嬢の魔法で掘れるんじゃないか?魔法には詳しくないから分からんが爆発を起こす魔法とかでこう……だな……」

「それでは火力支援ができなくなってしまいます。あの甲冑に近接戦を挑むのは無謀です。ああいう相手には遠距離で戦うべきです」


 エルトのその言葉を聞き、ロズは黙ってしまう。それもそのはず。この二日間、近接戦闘を挑んだ俺たちはあの甲冑に傷一つすらつけられていない。甲冑に勝つ為には攻撃魔法の支援は絶対に必要だ。ただ、支援魔法を受ければ時間を稼ぐことは出来るだろう。


 二回手を叩き、三人の視線を集めてから今までの意見を元に対甲冑の作戦を伝える。


「それではこうしよう。もし密室で甲冑に遭遇した場合、アリシアは俺に支援魔法、終わり次第ロズにも頼む。ロズは魔法が使えるように空気の通り道を作ってくれ。エルトは開幕で攻撃魔法が使えるか試してくれ。もし奴が能力を使うのに時間を要するのなら遭遇直後は魔法が使える可能性が高い。使えるようであればロズの援護をし、甲冑の能力を使えないようにしてから俺の援護をしてくれ。それまでの時間は俺一人が稼いで見せる」


 俺の作戦に三人とも黙ってうなずいた。


「よし。それじゃ旅を再開しようか。こっちも強くなってアイツとの戦闘は次で終わらせようじゃないか!」

 そう言いながら立ち上がり、彼女たちを鼓舞する。だが、ロズから待ったの声がかかる。彼女は深刻そうな顔で俺を見ていた。


「まだオレ達にはやるべきことがあるだろう?」

 何のことだか分からない……記憶を辿っていくがやり残したことはないはずだ。彼女がそう言い終わるとすぐに、部屋中に響くほどの音量で腹の虫が鳴いた。



「……訂正しよう。朝食を取ってから出発だ」

 そう言って俺たち四人は食べ物を求めて階下へ向かうのだった。

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