復讐への決意

 2回目の襲撃を終えた俺は、汗を流すために風呂に入っていた。勇者には深手を負わせたし、回復魔法も効かないようにしてある。時間はたっぷり稼げるだろう。この機会に今後やることを整理しよう……一人で入るには広すぎる湯舟で両手足を伸ばして浸かりながら考える。


 やるべきことは3つ。

 優先順位が一番高いのは魔王の冠作り。これは材料となる俺の血を毎日少量ずつ集めれば終わる。ほぼ達成したとみていいだろう。

 次に優先すべきなのは勇者への復讐。これから毎日襲撃をかけてアイツをパーティー内で孤立させる。

 最後に魔法を使えるようになること。自分の血という俺が使える触媒物質が用意できても攻撃魔法などを使うには一工夫いる。


 というのも、触媒物質を用いての魔法は空気中の触媒を用いるよりも出力は高いがひと手間かかる為発動までに時間がかかるのだ。俺がもし自分の血という触媒物質を用いて攻撃魔法を発動しようとすると以下の手順を踏まなければいけない。


 自分の血を変身魔法で霧状に変化させ、空気中に散布する。次に空気中の自分の血に改めて魔力を流し、攻撃魔法を発動する。


 このように変身魔法で触媒物質を拡散させないといけないのだ。このひと手間が重要で、もし魔法使い同士の戦闘であれば俺が変身魔法を使う間に攻撃魔法を撃たれて終わる。特にエルトが使おうと試みた『側雷弾テンペスト』は発動から着弾までが短いため、正攻法で彼女に勝つことは到底難しいだろう。


 魔法使い同士の戦闘では、空気中の触媒を用いた「弱魔法」と触媒物質を用いた「強魔法」の使い分けが重要になる。互いに弱魔法を打ち合いながら手間のかかる強魔法の準備を進め、頃合いを見て放つのが魔法使い同士の戦闘のセオリーなのだ。その点では強魔法しか発動できない俺は三流もいいところだろう。魔法の強弱を使い分けられて二流、攻撃魔法を撃ちながら触媒物質に変身魔法を施すことができて一流と言える。


 三流の俺が一流の彼女に勝つために編み出したのが『魔法使い対策』だ。相手の弱魔法を封じることで同じ土俵に引きずり下ろす。強魔法の火力ならこちらが負けることはないだろう。暴力的ともいえる魔力量のなせる業だ。ただ、この『魔法使い対策』にも弱点はある。時間がかかることと、使だ。俺の魔力を流すことで空気中の触媒を破壊する、という戦術の性質上、空気の入れ替わりが激しい所だと十分な効果は見込めない。


 現に、俺が閉じられた扉を切って出口を作ってからすぐにリィンの転移魔法が完全な状態で発動できたというのがその裏付けだ。つまり洞窟などの微弱な風が吹いている所でもあまり効果は無いだろう。ましては野外など以ての外だ。だから今後勇者への襲撃は『魔法使い対策』が使える、密閉可能な部屋があるダンジョンに限られることになる。


 そしてこの弱点は恐らく感づかれているだろう。魔王城に帰還してからしばらくエルト達の様子を水晶玉で見ていたが、彼を外まで運ばずに中間の広い部屋で転移魔法を試みていることからそう推測できる。流石は『始祖の血』を引く魔法使い、と言った所だな。


 にしても、すっかり入浴の虜になってしまった……学院時代までは血眼になりながら魔法を使えるように研究していたため、掛湯で我慢するしかなかったがなかなか悪くない。アリシアが熱弁するのも納得の心地よさだ。そんなことを考えながら、俺は風呂から上がるのだった。


 ――――――


 その後俺は勇者の様子を見に大広間へ戻ったが、そこには眉間に皺を寄せ、うんうんと唸りながら水晶玉を覗いているレリフしかいなかった。表情から察するに、予想よりも早く勇者が復活したのだろうか。彼女のそばまで近づき、覗き込んだ水晶玉にはアリシア達の一糸まとわぬ姿が映っていた。


「神妙な顔でなんてモンを見てるんだお前は‼」

 思わず顔を背けながらレリフに突っ込みを入れる。

「……レイノール家のちんちくりんには勝てると思ったんじゃがのぅ……」

 

 そう嘆く彼女の胸は慎ましいという言葉も似合わない程に絶壁だった。ため息をつきながら彼女に水晶玉を貸してほしいとお願いをする。


「一息ついたら貸してくれないか?勇者の様子を確認したい」

「お、お主……女子おなごの裸よりも勇者が見たいとは……男色か?」

「違うわ‼なんか嫌な予感がするから確かめたいだけだ」


 頭の痛くなるようなやり取りを交わし、勇者の様子を確認する。驚いたことに顔の怪我が先ほどよりも軽くなっている。瞳が見えない程に腫れあがった顔は殴打の痕が残っているものの、元の造形にまで戻っていた。


 回復魔法を封じたのだから彼自身の回復力でここまで傷を癒したのだろう。おそらく明日の朝には旅を再開できるほどに回復するはず。勇者に不老不死の祝福を与える女神の加護がこれほどまでに強力とは思いもしなかった。どうやら女神様は俺のことがめっぽうお嫌いらしい。俺に魔法を使う才能を与えなかった上に邪魔者の味方までされるとは。女神という存在は復讐を行うにあたって大きな壁になる。彼女の加護が無ければ最初の襲撃で勇者を殺し、俺のがバレることも無かったのだから。


 だが乗り越えられない壁ではない。例え女神が味方していようが勇者への復讐は必ず遂げてみせる。奴にかけられたでも。


 その決意をしっかりと固めるように、右手を力一杯握りしめた。




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