【勇者Side】敗戦…そして

 それはあっという間の出来事でした。


 エルトさんの魔法が使えなくなったと思ったら、次の瞬間には勇者ヒストが吹き飛ばされ、ロズさんの剣は使い物にならなくなっていたのです。そして、あの甲冑は…前回同様勇者を痛めつけた後、私たちには手を出さずに居なくなりました。


 僧侶である私は、勇者の元に駆け寄り傷の具合を見ます。顔の傷が目立ちますが、甲冑から受けた蹴りが脇腹に入ったことから、肋骨の骨折、および肺、内臓の損傷も心配でした。ともかく、回復魔法で治せるだけ治して応急手当をします。


癒しの手タッチヒール


 魔力を掌に集中させ、正常な形の肋骨、肺、内臓をイメージします。


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 回復魔法・『癒しの手タッチヒール

 手に自身の魔力を集中させ、対象の患部に当てることで集中的に治療する魔法。

 対象の触媒を使用して発動する。他の回復魔法に比べて範囲は狭いが、その分効果は高い。

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 彼の脇腹に手をかざし、私の魔力を患部に送り込みます。これで治るはずですが何しろ鎧があるうえ、彼が気絶している為効果があったかどうかは確認できません。ひとまず治ったと仮定し、顔の治療に入ります。


 顔の傷はかなり酷く、鼻骨や頬骨、上顎骨に加えて側頭骨も折れているようです。損傷個所が多く細かい為、『癒しの手タッチヒール』よりもこちらの魔法が適任でしょう。


大治癒エクスヒール


 祈るように両手を組み、彼の体全体に魔力を流し込んでいきます。


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 回復魔法・『大治癒エクスヒール

 対象全体に魔力を流し込んで治療する魔法。

 対象の触媒を使用して発動する。他の回復魔法に比べて範囲は広いが、その分魔力の消耗が激しい。

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 ですが、一向に彼の傷は治りません。それほど損傷が激しいのでしょうか。ならば、治るまでかけ続けるだけです。


 二度、三度。何度繰り返しても彼の傷は治りません。次第に『このままでは彼は死ぬ』という焦燥感に駆られ、明確なイメージすら持てなくなってきました。


「おい、おい!嬢ちゃん!転移魔法で近くの町に飛んで医者を探すぞ!」

 魔法では傷が治らないことを悟ったのか、ロズさんはそう提案してきました。


「……駄目よ。ここじゃ魔法が使えない。さっきの私を見て分からないの?」

 エルトさんが不機嫌そうな顔でロズさんに進言します。


「使ってみねぇと分からねぇだろうが!嬢ちゃん、頼む!」

「わ、分かりました」


 一番近くの町、そこに繋がるトンネルを思い浮かべます。

転移魔法テレポート

 転移用の魔法陣が形成されますが、かなり不安定でした。魔法陣自体が歪んでいる上、本来よりも光量が少なく、ぼんやりと光っている程度でした。それはさながら、使でした。これでは無事に転移できるかわかりません。むしろ、転移失敗によって壁の中に飛ばされたりして危険です。


「ダメです…これじゃ、転移できません」

 その事実をお二人に告げます。すると、エルトさんが一つの提案をしてきました。

「ダンジョンの中間地点か、最悪の場合外まで彼を運びましょう。そうすれば魔法は使えるようになるはずよ」


 その言葉にロズさんが反論します。

「なんでそんなことが分かる?魔法が使えなかったお前が?」

「使えなかったからカラクリが分かったのよ。説明は後にして彼を運ぶわよ」

「…分かった。どうせ町まで運ぶことになりそうだがな」

 ロズさんは渋々とその提案に乗り、勇者ヒストを抱えて外に向かいます。私たちもそのあとを追って入口へ向かうのでした。


 途中、最深部の部屋ほどではないですが広めの部屋がありました。そこで再び『転移魔法テレポート』を発動させようと試みました。結果的に、完璧な状態で『転移魔法テレポート』は発動し、私たちは無事に近くの町まで転移することができたのでした。


 ――――――――――


 勇者ヒストを医者にみせた所、『恐るべき速さで傷が治っている』とのことでした。おそらく、運命の女神様の加護がそうさせたのでしょう。一日ほど寝ていれば完治すると聞き、勇者ヒストを病院に残し、私たち三人で宿屋に泊まることになりました。


 まずは借りた部屋に荷物を置き、湯浴みをしに…行こうと思ったのですがどうやら清掃中のようで使えないようです。仕方なく部屋に戻ると、ロズさんとエルトさんがにらみ合っていました。


「…えーと、お二人とも何をされてるんですか?」

「いやな、なんでさっき魔法が使えなかったのか説明してほしいって言ったら『剣士のあなたにはわかりませんから』って言って嬢ちゃんが戻ってくるまで説明しなかったんだ」

「だって事実ですもの。仕様がありません。ともかく、揃ったことですし説明を始めましょう」


 つまるところ、お二人はまた喧嘩していたのです。今後はお二人だけにしない方が良さそうですね……

 このままでは埒が明かなさそうなので説明を促します。


「それで、エルトさん。先ほどカラクリが分かったと仰っていましたがどのような物なんですか?」

「簡単に言うと魔法が使えないようにあの部屋の空気が細工されていたのよ。だから甲冑が出口を作って空気が入れ替わり始めたら不安定ながらも魔法が発動できた、って訳」

「それで最悪外まで運べって言ったのか。なるほどな」

「あら、今の説明で分かったのかしら。剣士にしては頭が回るようね」

 エルトさんが皮肉めいてロズさんを誉めます。


「そりゃどーも。おそらくあの甲冑がそういう能力持ってるんだろうよ。『触れた物に魔法が使えなくなる』みてーな能力をよ。だから顔を掴まれた勇者には魔法が効かなかったって考えるのが筋じゃないか?」

「なかなか鋭いじゃない?実は私もそう思ってたのよ」


 どうやら、エルトさんとロズさんは仲良くなれるかもしれません。そんな希望とは裏腹に、『魔法が使えなくなる』という能力と、消えてしまったカテラに何か関係があるのではないか、そう思えて仕方がありませんでした。


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