勇者への強襲、再び

 俺は勇者達への襲撃を再び行う為、一行が居る地下遺跡に転移魔法で移動していた。あと10秒もしない内に目的地へ着くだろう。


 今回行う襲撃の目的は大きく分けて三つ。

 一つ目は理論上は実現可能であろう、『魔法使い対策』の実践。

 二つ目は勇者をパーティ内で孤立させること。アイツが孤立しなければ俺の復讐プランは台無しになるからだ。

 三つ目は……ただの八つ当たりである。


 そんなことを考えていたら出口が見えてきた。


 10mほど先、部屋の中央にいる勇者達の陣形を確認する。前衛は左から勇者、剣士ロズ。後衛は、アリシアと……これは驚いた。俺を目の敵にしていたエルトが勇者一行に加わっているではないか。魔法学院時代はよく突っかかられたものだ。面倒くさいからすべて無視していたが。


 そんなどうでもいいことは置いておき、まずは一つ目の目的、『魔法使い対策』の実践だ。


 俺の魔力を空気中などに存在する触媒に注ぎ込むと、触媒が自壊してしまう。そして魔法使いが得意とする攻撃魔法は、「空気中の触媒」を利用して発動する。その為、相手が魔法を使う前に周囲の触媒すべてに魔力を流し込んで自壊させてやれば相手は攻撃魔法が使えなくなる、という戦術だ。


 全身に力を籠め、魔力を拡散させて周りの空気と反応させていく。遠距離の間合いかつ、コチラは動かない。そんな状況では当然、優秀なエルトはすかさず魔法の発動を試みるだろう。


側雷弾テンペスト


 彼女はそう唱えるが何も起こらない。学院時代はクールで有名だった彼女も驚きの表情を浮かべている。


 それもそうだろう、魔法学院主席という人生において、魔法が使えないという経験は一度もないはずなのだから。だが悲しいかな、魔法を使うための触媒はもうここにはない。つまりここに居る限り使、ただの人だ。


側雷弾テンペスト!』『側雷弾テンペスト‼』『側雷弾テンペスト‼‼‼』

『どうして!?どうして発動しないの!?』


 何度やっても同じことだ。さて、一人潰せたからあとは前回と同じく剣士から……と行きたいところだが今回は八つ当たりも兼ねて勇者から潰すとしよう。前よりも速く動き、重い打撃を入れられるように支援魔法、『好戦形態アグレッシブ』の強度を増す。これで10m程度なら一瞬で移動できる。


『何やってるエルト‼さっさと…ぐぶっ』


 勇者が俺から目を離した隙を突いて移動し、その横腹に右足で蹴りをねじ込む。そして左方向に10mほど吹っ飛ばして孤立させた。結果的に剣士ロズに背中を向けた形になる。当然彼女はガラ空きの背中に切りかかろうとするがその剣筋は遅く、止まって見える。邪魔なので振り向きざまにショートソードで大剣を根元から切断し、使い物にならなくさせた。


 これで二人潰せた。あとは勇者を思う存分いたぶるのみ。


 俺はあえて一瞬で近づかず、ゆっくり、歩くように勇者に近付いて行く。カシャン、カシャン、と甲冑特有の音が響く中、勇者はうめき声をあげていた。勇者はあの蹴りを受けても生きていた。流石勇者様は格が違う。


 歩きながらショートソードを鞘にしまう。もう必要ないからだ。彼は尻餅をつきながらも、俺から遠ざかろうと藻掻いている。右手に持っていた片手剣を置き去りにし、やっとのことで立ち上がり後ろへ駆けだすもののすぐに壁が立ちはだかる。それでも俺は止まらない。彼は近づいてくる甲冑オレの足音に振り向く。その表情には恐怖が色濃く滲み出ていた。


 もう逃げられない苦痛がすぐそこまで来ている焦燥感。自身ではどうしようもない無力感。その二つが混じりあい、恐怖という感情として這い寄ってくる。


 きっと、俺もはこんな表情をしていたのだろう。そう思わせる表情だった。 だが俺の受けた痛みはこんなものじゃない。


 右手に力を籠めて拳を固め、彼の左頬にフックを入れる。反射的に取った行動だろうが、勇者は咄嗟に両手を上げてガードを試みる。左腕に備え付けていた盾に命中するも、盾の強度が足りずひしゃげてその役割を終えた。 フックの衝撃で彼の体は左に倒れ、床にしたたかに叩きつけられた。倒れた彼の顔へ引き続き右の拳を打ち込む。一発、二発…拳が顔にめり込むたびに彼は短い悲鳴を上げる。まるで握ると音の出るオモチャのようで、殴るのに躊躇いはなかった。何発殴ったかは覚えていない。


 ふと我に返ると、特徴的な緑の瞳も見えない程彼の顔面は腫れあがっていた。腫れあがった肉の隙間からは涙と血が流れており、力なく開いた口から除く歯列には数本の欠けが見られた。殴打により数本の歯が抜けたか折れたのだろう。


 仕上げに彼の顔を掴み魔力を流し込む。最後に一つ実験をする。『魔法使い対策』の応用で、物体に俺の魔力を流し込めばその物体に含まれた触媒は自壊する。触媒が破壊されたことで生命にどのような影響があるのかを調べる。もし、触媒が無くても生きていられるのであれば、その者は魔法を受け付けなくなる体質になるだろう。もしこの実験で彼が死んでしまっても問題はない。


 目の前には殺しても殺しても生き返る実験体ゆうしゃが居るのだから。


 魔力を流し終えて奴が死んだか確認する。どうやららしい。気絶したようだが奴は生きていた。


 これで奴の体から触媒は無くなった。つまり魔法が効かなくなった。支援魔法はおろか、回復魔法でさえも。


 この結果が出れば満足だ。残った三人はどうでもいい。もはや何もできないだろう。俺は勇者たちが入ってきた入口を目指し歩く。閉まった扉はショートソードで両断してこじ開けた。彼らにはここで冒険を終えられては困るのだ。


 4


 ショートソードで足元を三回突く。リィンへの『転移魔法を使ってくれ』の合図だ。魔法陣が展開され、転移魔法が発動する。そして俺は魔王城へ帰還した。




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