触媒探し

 控えめなノックの音で目が覚める。突っ伏していた机から上体を起こし、目を擦りながら立ち上がった。そしてノックに返事をする。


「…はいはい」

 ゆっくりと開かれた扉の先にいたのは悪魔リィンだった。

「おっはようございまーす!お兄さ……うわぁ……」

 元気よく挨拶したかと思えばあからさまに引かれる。全くもって忙しい奴だ。


「お兄さん、机じゃないと寝られないんですか?」

 

リィンが疑惑の眼差しを向けながら問いかける。それもそのはず。魔王城の自室には天蓋付きのダブルベッド――俺が横向きに寝ても余裕のある大きさ――が備え付けられているにも関わらず、当の俺は机の前で欠伸をしていたからだ。


「癖だ。十年前からのな。」


 魔法の研究を始めてからというものの、二徹三徹は当たり前だった。その為気付いたら机の前で気を失っていた、なんてことはザラだった。どうやら今日もそのパターンだったらしい。いつしかベッドは不要になり、撤去したスペースに研究資料を置くようになったため、十年前から横になって休んだことは一度もない。


「そんなんだから…いえ、止めておきましょう。お兄さんの名誉に関わります」

「おい。今何て言おうとした」

「朝食が出来ています、と」

「絶対違うだろ!?今の!?」


 ツッコむが彼女はそそくさと食堂へ向かってしまった。彼女が言いたいことは大体想像がつく。


『身長が伸びなかったんですね』だ。


 ムカムカとしながら食堂へ向かうと魔王城にいる全員がそこにはいた。魔王レリフ、女竜人ドラゴンメイドドラゴ、悪魔リィン、番犬ケルベロス。


 なんともまぁ豪華なメンバーでしょう!心の中で皮肉を言う。この広い魔王城に4人だけとは淋しくないのだろうか。そんな考えを巡らせながら席に座るとケルベロスが俺の膝に飛び乗ってきた。


「ご主人ー!おはよー!」

「お、おはよう…朝から元気だな…」


 元気一杯のその姿に気圧されながら挨拶を交わす。それにしてもご主人とは…なかなか気が早い。まだ俺は魔王になっていないというのに。彼女はこちらに背を向けて俺の膝の上に座る。人間の齢で言えば11〜12歳と言ったところか、見た目通りの軽さの為耐えられない重さでは無かったが、俺の視界は彼女の癖のある長い栗毛で塞がれてしまった。


 そのままの状態で食べ始めるつもりか、リィンに食べかけの皿を持ってくるようにお願いしている。


「リィンおねぇちゃん。わたしのお皿とってー」

「おいおいこのまま食べるつもりか?俺が食べにくくなるんだが…」

 と遠回しに断ろうとするも、各方面から援護射撃が入る。


「なんじゃ小さい男じゃのう。それくらい許すのが王という物じゃろうに」

「そうですよお兄さん。いくら小さ…いえ、やめておきましょう」

「オイオイ『次期おーさま』よォ、そんなんじゃ立派な『おーさま』にはなれねェぜ?」


「俺の扱い酷くないか!?後リィン!身長は関係ないだろうが!!」

 フルボッコである。結局俺はそのままケルベロスが食べ終わるまで待ったあと、俺自身の食事を摂るのだった。


 ――――


「次期とは言え王が番犬よりも後に食事を摂るって絶対おかしいよなぁ……」

 

 そう一人ごちながら、俺は魔王城内を散歩していた。あのまま自室に籠っても成果は出ないだろう。そのため何かキッカケがないか探していた。そしてテラスに辿り着いた。外の風景がよく見え、穏やかな風が手入れされた花達を優しく揺らす。気分転換にはうってつけの場所だった。そこには茶会を楽しむための物か、木で出来た円形のテーブルと椅子が4つ。その組み合わせが3組並べられており、その一つにはレリフ、幼き魔王が座っていた。


「ここ、いいか?」

 そう聞きながら椅子を引き、レリフの真正面に座る。

「まだ答えていないじゃろ…」

 紅い瞳でジトっ、と俺を見つめ、半ば呆れながら彼女は口を開く。

「ここで何してたんだ?茶を飲んでいた、ってわけでもなさそうだが」

 彼女の前には何もない。ただ休憩がてら外の景色を見ていたのだろうか。

「いい景色じゃろ、ここ。魔界の景色が一望できる」


 そう言われて俺も外に目を向ける。抜けるような青空、青々とした山脈、どこまでも続く草原、透き通るような湖――

『魔界』と言われてイメージできる景色とはまるで真逆の風景がそこにあった。そうだな、と短く返事をして切り出した。


「なぁレリフ、2つ質問をしたい」

「なんじゃ、藪から棒に…」

 呆れたような表情で彼女は返答する。


「いや、魔王の冠を作るために分からないことがあったからな」

「ほう?なんじゃなんじゃ、申してみよ」

「まず一つ目。魔王の冠は材質に指定はあるのか。」

「無いぞ。我のは希少な鉱石じゃが、過去には挑んできた者の死体に魔法をかけて作った者もいたそうじゃ……威厳を出す為とは言え、気持ち悪くないのじゃろうか」

 

彼女は頭上の冠を指しながらそう答えた。日の光を反射して銀色に煌めいている。


「二つ目。触媒物質になり得る物の特徴を教えて欲しい。昨日俺が質問したとき、お前は『心当たりがない』と言ったよな?昨日の話を聴いて『もしかしたら』というものがある。だがまだ確証を持てないんだ。だから、頼む」


 ――――――


「そうか?ならば…その特徴とはな、魔力を持った――

 われが言葉を紡ごうとした瞬間、風がその強さを増し言葉を掻き消す。なれど、我の言葉はカテラに届いていたようじゃった。





 彼はその端正な顔を歪めて、わらっていたのだから――




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