食事
風呂を出た俺はリィンの先導で食堂へ向かう。
そしてふと思った疑問を彼女へぶつけてみる。
「なぁ、ドラゴって料理上手いのか?あの見た目からしてあまり得意では無さそうなんだが……」
「ドラゴさんの料理はすっごく美味しいよ!特にお肉料理の火加減は最高でー、ステーキなんて頼んだ日にもう止まらなくなっちゃうね!まぁ、後で後悔するんだけどさ……」
ころころと表情を変え、力説する彼女。そこまで言うにはかなりの腕前なのだろう。思わず期待してしまう。それと同時に腹の虫が「まだかまだか」と騒ぎ立てる。
その音を聴いたのか、
「行こっか。そろそろ出来てる頃合いだと思うよ」
そう彼女は言い、歩みを速めた。
食堂に付くと、併設されている厨房でドラゴが料理中だった。いつもの恰好とは違い、調理用の白い服を身に纏っていた。そのせいか、彼女の顔は普段とは違う。戦闘時のあのギラつくような顔とも違う、集中して食材と向かい合っている真剣な眼差しだった。やがてこちらに気づいたのか、作業しながらこちらに顔だけ向けて言う。
「来たな『次期おーさま』。もうすぐできるから座って待っときな」
お言葉に甘えて座って待つ。しばらくすると赤ワインとステーキが運ばれてきた。
「分厚い肉が食いてェって言ってたからな。ステーキにしてみたぜ」
「いいなー!ねぇドラゴさん、私の分は?」
「心配すんな、キチッと用意してあるぜ」
やったー、と隣で喜ぶリィンを尻目に、俺はステーキの皿に目を落とす。どろり、と適度な粘性を持つソースがふんだんにかけられており、付け合わせの野菜が茶色に染まった皿に緑を添える。ステーキにナイフを入れると抵抗なく切れ、口に入れた際の食感を期待させる。切り口から中を覗くとレア気味に仕上がっており、赤のグラデーションが目を楽しませた。
自然に喉を鳴らしていた。
切った欠片を口に放り込み、咀嚼する。食感は期待以上の柔らかさにも拘わらず余計な脂はない。ひと噛みごとに肉汁の旨味とハーブの香りが口の中に充満する。いつまでも噛んでいたいと思わせるほどの味だった。咀嚼すること数十回。名残惜しさを感じながらも飲み込むと、手が自ずと皿へ伸びる。
「次はワインを飲んでから食ってみな」
ドラゴのいう通り、皿へと伸ばした手をワイングラスへ持っていき、香りを愉しむ。本来であれば肉よりもワインを先に味わいたかったところだが肉の魅力には抗えなかった。肉の香りにも負けずとも劣らない、強い果実の香りが鼻孔をくすぐる。力強い、いいワインだ――そう感じながら口をつける。それが舌に触れると、肉の後味を上書きするように包みこむ。一息に飲み込むとワインの味だけがほのかに残り、香りが鼻へと抜けていった。
そして切った欠片をまた放り込む。ワインとソースが絡まりあうことで先ほどは感じなかったスパイスが顔を出し、新たな一面を魅せる。スパイス、肉汁、ハーブがちょうどいいバランスで己を主張していた。こうなるともう止まらなかった。無我夢中で食べ進め、リィンの「おかわり!」という声が聞こえたころにはもう5分の一しか残っていなかった。
「んで、どーよ『次期おーさま』。アタシの『ドラゴンステーキ』の味は」
にこやかに微笑みながら俺に感想を求めるドラゴ。
「……これ、ドラゴンの肉なのか?」
だとしたら俺はものすごい贅沢なものを食べていることになる。
「いやちげェーよ?アタシが焼いたから『ドラゴンステーキ』って言ってるだけでこれはただの牛肉だぜ」
その言葉に驚いた。この料理人はただの牛肉をこれほどまでに上手く調理して見せたのだから。先ほどまで彼女の腕前を疑っていた自分を恥じた。
「旨かった。次もまた作ってくれ」
そう伝えると彼女は満面の笑みで答えた。
食事を終えて一息つくと、大広間に戻る。魔王レリフに触媒への適正がある物質の特徴を聴くためだ。彼女自身は「俺の魔力に耐えられる触媒に心当たりはない」と言っていたが、やれることはやっておきたかった。
大広間の扉を開けて王座へと進む。レリフは神妙な面持ちで水晶玉を覗いていた。勇者たちの動向を探る魔法だ。彼女は俺が入ってきたことに気づくと、近くに寄るように手招きした。誘われるまま水晶玉を覗くとそこには衝撃的な光景が移っていた。
周りの風景からすると街道だろう。モンスターと交戦している勇者一行は三人ともケガはなさそうに見えた。
つまり。勇者の右手は元通りに治っていた。
考えられる原因は一つしかない。アリシアの回復魔法だ。あいつの実力を見誤ったせいで俺は完全な骨折り損をしてしまった。
アリシアがいる限り、勇者を何度死の淵に追いやっても復活してくるだろう。回復魔法を無効化する手立てがない限り、アイツらへの妨害は無駄になる。何か方法が無いか考えてみるものの、良い手立ては見つからなかった。
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