帰還

 勇者との戦闘を終えた俺は、悪魔の転移魔法で魔王城へと帰還している最中だった。俺は今、転移魔法特有のトンネルにいる。あたりは黒紫色に染まっており、出口だけが白い光を放っている空間だ。そこを浮遊しながら進んでいた。あと5秒もしないうちに着くだろう。勇者たちの足止めに成功したため嬉しく思う反面、アリシアに「さよなら」と言えなかったセンチな気分もあり胸中は複雑だ。


 ともかく、帰ったらまずは悪魔に礼を言おう。今回の戦闘は彼女の協力無くしては実現しなかったのだから。そんなことを思っていたら、いつの間にか大広間の王座の前にいた。


 魔王レリフと女竜人ドラゴンメイドドラゴの2人がそこにいた。


「見事な戦闘じゃったぞカテラ。やはり魔法使いとは思えん動きじゃったが」

「全くだな。剣士が中に入っているとしか思えねェ動きだったぜ。それも凄腕のな」


 2人から嬉しい評価を頂く。魔法使いとしては複雑だが。


「ありがとな2人とも。それで、悪魔はどこに?」


 ああ、あやつなら、とレリフが言いかけたその時、背後から大広間の扉が開く音がする。そして中に入ってきたのは――


 丈の長いメイド服に身を包んだ悪魔だった。

「お帰りなさい、お兄さん。ご飯にする?お風呂にする?」


「いやおかしいだろ!?お前そんなキャラだったの!?」

 訳のわからない状況に思わずツッコんでしまう。


 そんな俺にレリフは、「そもそもこやつ、リィンはメイドじゃ」と言い放つ。


 マジかよ――と半ば疑いながら改めて彼女の格好を観察する。


 メイド服のベースになる黒いワンピースは足首までの長さがあり、その上に着ているフリル付きエプロン――胸元まで覆うタイプのもの――も同じ位の長さの為、肌の露出は全くといっていいほどない。ヘッドドレスは彼女の頭から生えている羊のような巻き角の合間にすっぽりと収まるくらいの幅で、ちょうどよいサイズ感だった。リィン自身の金髪金眼とは対照的に、全体的にお淑やかな印象を受ける格好だったが、ある疑問が湧く。


「お前、羽と尻尾は?」

「えー、お兄さんそれ聞いちゃう?はねとしっぽは出したり消したりできるんだよ?」


 リィンはくすくすと笑いながら答える。そういうものなのか、という感想は置いておき、先程の質問に答える。


「まずは風呂だ。甲冑の中が蒸れて仕方ない。案内してくれないか?」

 りょーかい、と大広間を出ていくリィンについていこうとすると後ろから声をかけられた。


「ちょっと待ちな『次期おーさま』。飯は何にするんだ?」


 ドラゴからの質問だった。珍しく肉が食べたい気分だったのでそう伝える。


「肉。分厚い肉が食いたい。それ以外のメニューは任せる」

「分かった。アタシに任せときな。腕にヨリをかけて作ってやるぜ」


 にっかり、と満面の笑顔を浮かべるドラゴに対し、期待半分不安半分という感想を抱く。何しろ口調から分かる通り大雑把な性格であることは間違いない。分量などを量らずに入れそうで不安だ。しかし彼女は女竜人ドラゴンメイドである。火の扱いは得意なのだろう。


「期待しているよ」とだけ伝え、リィンの後を追う。


 リィンに先導され、甲冑を着たまま白い廊下を歩く。カシャン、カシャンと小気味よい音が響く中、帰還するときに考えていたことを口に出す。


「なぁ、リィン」

 なぁに?お兄さん、と彼女は顔だけこちらに振り向いて答える。

「ありがとな、色々と」

「いきなりどうしたの?ちょっと気持ち悪い……」

 

 訝しげにこちらを見る彼女。そんなことは気にせず続ける。


「さっきの戦闘もそうだがお前がいなかったら俺は今ここに居ない。失意のドン底であの洞窟でくたばってたかもしれない。だから、今ここで礼を言おうと思ったんだ」


 すると彼女は笑って冗談のように言った。


「じゃあお兄さんが魔王さまになったら私の待遇よくしてもらおうかな~」

「……考えておく」


 苦笑しながらそう答えるのであった。

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