魔界、到着
魔界と言って思い浮かべるのは何だろうか。
空一面に広がる暗雲、毒々しい色をした大地、荒廃した町の残骸、噴火を続ける火山、禍々しい雰囲気をまとった魔王城……。
大多数の人間がこのようなイメージを抱いているだろう。かくいう俺もその大多数の一人『だった』。実際に魔界に降り立つまでは。
青い空に白い雲、やわらかな光を注ぐ太陽、広々とした草原、石造りの町に整備された街道、青々とした山脈、底まで見通せるような澄んだ湖……
これが俺が降り立った魔界の情景だ。
――――
転移してきた先は城下町の入り口だった。4頭作りの馬車が横に二台走ってもなお余裕のある大通りが城まで伸びており、大通りを挟むように石造りの家が立ち並ぶ。遠目で見た城は一週間前に見たフェレール王国王城と意匠が似通っており、白い城壁に青緑の屋根を備えていた。その中から発せられる膨大な魔力がその城が魔王の住処であることを物語っていた。
そして不可解なことが一つ――こんなに大きな町にも拘わらず誰もいない。それがまた不気味でかねてよりイメージしていた魔界とは別の恐ろしさを覚える。
俺は隣にいる悪魔に問いかけた。
「なぁ。ここ、本当に魔界なのか?」
「うん。そうだよ?今は戦争に人が駆り出されてて魔王城にしかいないけどね。」
それでか、と納得しながら大通りを城に向かって歩く。この距離であれば5分もせずに着くだろう。道すがら悪魔に続けて質問をぶつける。
「魔王ってどんな人、いや魔物なんだ?」
「魔王さまはねー、怒るとかなり怖いけど普段はめちゃくちゃいい人だよ」
「他には?」
「魔法にすっごく詳しいよ。多分だけどすべての魔法を知ってるんじゃないかな」
「それは期待できそうだ」
そう答えると城の入口に繋がる階段が見えてきた。
階段を上り、幅4mはあろう大扉――左右に、城の内側へ向けて開く形式の物――の前に立つ。すると、扉が一人でに開いた。いや、この表現は間違いだった。扉の陰に隠れて魔物がこちらを伺っていたからだ。俺の隣にいる悪魔よりは幼い印象を受ける。人間でいえば12歳くらいだろう。頭には髪色と同じ、ブラウンの犬耳が生えているが、扉にかけている手は人間と同じものだった。彼女はこちらに鋭い目線を向け、威嚇するように低いうなり声をあげている。口を開いたかと思ったら悪魔へ向けて質問した。
「この人、誰?」
「ケロべロスちゃん、元気だったー?この人はね、次期魔王さまだよ」
悪魔がそう答えるとケロべロスと呼ばれた彼女は表情を明るくさせる。
「次期魔王様!?ようやく見つかったんだ!魔王様に知らせてくるね!!」
と言ったと同時にこちらに背を向け走り出した。腰から生えている尻尾ははち切れんばかりに左右に揺れていた。
「さあ、私たちも行きましょう。」
いつになく真面目な口調で悪魔はそう言った。
そして俺たちは魔王城へ足を踏み入れるのであった。
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