今までと、これからと

 今勇者たちを追いかけて行っても突き放されるのがオチだ。少し時間を置こう。俺はその場に座り込み、今までのことを振り返るために無意識的に上を見上げていた。


 頭上の松明は俺のいる周囲のみを明るく照らしていた。


 ――――

 3歳。孤児院に引き取られ、裕福ではないもののそれなりに幸せな生活だった。

 4歳。訪れた魔法使いに魔力量を見抜かれ、弟子となる。確か攻撃魔法が得意な先生で優しかった……。俺が成果を上げられないことを知ってからは驚くほど辛辣だったが。それからは師事する先生を変えては失望され……という生活が2年続いたな。

 6歳。師匠を取ることを辞め、今までの知識を生かして自主的に魔法が使えるようになる方法を探し始める。

 8歳。論文が表彰され、称号を授与される。確か『魔法が使えない人も使える魔法』だったな。史上最年少授与というのが話題になり『神童』『稀代の魔法使い』なんて呼ばれたっけ。


 ―――思えばここで『魔法が使えないんですごめんなさい』と言えばこんなミジメな思いはしていないだろう。


 後悔しても仕方ない。もう過ぎてしまったことなのだから。そう言い聞かせ、松明を持って立ち上がり出口へと向かう。


 魔法が使えない事実は遅かれ早かれ広まるだろう。そうすれば俺に待っているのは世間からの『無能』『稀代の詐欺師』という今までとは真逆の評価だ。そう思うと足取りも徐々に重くなっていく。


 ――――いっそ、ここで死ぬか?


 不意にそんな考えが頭をよぎる。

『稀代の魔法使い、魔王討伐の旅の途中で急逝』

 こんな見出しで各方面に伝わるだろう。


 ――――ダメだ。どっちにしろ事実が広まったら無能扱いされる。


 16年間賞賛しか受けていなかった自尊心プライドは、死した後の評価も完璧にしなければ気が済まないほどに膨張していた。


 解決方法は二つ。

 1.勇者一行を帰らぬ人にして口封じする

 2,勇者たちが魔王を討伐するまでに魔法を使えるようになる


 どちらもあまり現実的ではない。

 1番は勇者の持つとある性質が障害になる。


 ――魔王以外に殺された場合、復活する。また、老いて死ぬこともない――


 運命の女神の加護は選ばれた勇者に限定的な不老不死を与える。つまり魔王に殺されないと1番は達成できない。


 2番は今まで探してきた手段が都合よく手に入るとも限らない。だが、魔界になら俺が見たことも無いような魔法関連の資料があるだろう。


 取るべき手段は2番だろうが、魔界へ行く間にも俺の事実は広まってしまうだろう。


 ――――ここは少しの恥を忍んで魔界へ向かうしかない。そう決意したときだった。


 勇者たちが立ち去った入口とは反対、つまり奥から足音が聴こえてきた。カツン、カツンという音は勇者たちの足音とは違う。万が一のことを考え、右手に短剣、左手に松明を持ち戦闘態勢を取る。


 ――この3年間、『最悪の事態』を考慮してひっそりと特訓していた剣術で相手取れるかは分からない。だが勇者たちに助けを求めるのも自尊心プライドが許さない。どうせ笑われて見捨てられるだろう。


 足音がさらに近づいてくる。


 松明に照らされて俺の前に姿を現したのは、女悪魔だった。驚くことに、その両手を上げて敵意が無いことを示していた。

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